天皇の譲位  皇室典範

天皇の譲位  皇室典範
天皇家の立場にから見ると、薩長閥明治新政府に悪用された一面が私には見える。
それは、日本人として許される範囲を逸脱するものであり、日本民族、天皇家ともに被害者である。
それが戦争の遺伝子となり、日本は明治から昭和20年(1945年)の敗戦まで戦争ばかりやっていた。

人はよく、過去を振り返るより、未来志向でなければならないというが、正しい歴史観を持つことなしに未来は見えない。
歴史は勝者の論理でつくられるというが、「明治維新」という歴史観は山縣有朋など薩長藩閥明治政府が作ったものである。

ことわっておくが私は保守主義の支持者であり、リベラリストではなく共産党や左翼を否定するとともにいわゆる右翼も否定する。
支持政党は一応自民党である。

   thDSNTFDXF.jpg 孝明天皇 攘夷思想でなかったら良かった

司馬史観
司馬遼太郎は、明治維新、日清、日露の戦争を小説の題材にし、自身が参戦した昭和の戦争を卑下し、小説に書けないとしている。
過去の政争、戦いを叙事詩として書き、実体験は叙事詩にならないというのであれば私は承知する。
そうではなく、昭和、あるいはその20年程度前からの日本は情けない国になり下がったというのである。
日本人に広く受け入れられている、この司馬史観を私は否定する。
司馬氏の著作は歴史書ではない。「叙事詩」あるいは「小説」として読むべきである。
戦争の遺伝子はあくまで明治維新に起源があり、明治維新から受け継がれたものである。



薩長藩閥明治政府と天皇の関わり
長州は敢えて京都御所付近を争いの場とし、御所に大砲をぶっ放し、天皇の幽閉、動座(誘拐)を企てるなど手段を選ばず物欲しげに天皇の錦の御旗を強奪しようとし、終に目的を達成した。長州こそ朝敵であった。

簡略に例を述べると
池田屋事件(事変);1864年7月8日(元治元年6月5日):新選組が「祇園祭の前の風の強い日を狙って御所に火を放ち、その混乱に乗じて中川宮朝彦親王を幽閉、一橋慶喜・松平容保らを暗殺し、孝明天皇を長州へ動座させる(連れ去る)」という情報を得た(Wikipedia)。御所は塀を廻らしただけの平和の館で城郭ではないが、それに乗じようとする卑怯な政争である。それを未然に防ぐため新選組による池田屋襲撃事件が起こった。 

孝明天皇暗殺説:孝明天王は攘夷思想の持ちぬしであったが、公武合体派で和宮を降嫁させ、あくまで江戸幕府を支持していたことは、薩長にとって不都合であった。病死、暗殺説があり、一応事実は不明ではあるとされる。皇位を継承した明治天皇はまだ14歳であった。

   Secret_imperial_order_of_overthrow_the_Tokugawa_Shogunate[1]  討幕の密勅

討幕の密勅;江戸時代最末期の慶応3年10月14日(1867年11月9日)、薩摩藩と長州藩に秘密裡に下された、徳川慶喜討伐の詔書である。従来より偽勅説が唱えられてきた。この詔書はもともと模擬文書であり、必要な場合は「このような勅命を出すことが可能だ」という「サンプルのようなもの」らしいというのが説得力ある説という(Wikipedia)。要するにこのようなものが欲しいというサンプルを作ったに過ぎなかった。これが戊辰戦争の錦の御旗の正体である。幕府側のみならず、日本に朝敵はいなかった。しかし、戊辰戦争を戦った幕府側は薩長の卑怯なまだ15歳の明治天皇の偽勅により朝敵とされた。むしろ朝敵は薩長であった。


靖国神社:は長州の護国神社に過ぎない。朝敵とされた奥羽越列藩同盟や西南戦争などの戦死者を祀っていない。日本にはいなかったでっち上げられた朝敵を祀らず、朝廷をしゃぶり尽くした朝敵長州の施設といえる。国のために戦死した英霊を祀るに相応しいところではない。


「主権回復の日」式典  最近の出来事
2013年4月28日に開かれた日本政府主催の「主権回復の日」式典で、会場内にいた安倍晋三首相を含む人々が「天皇陛下万歳」と万歳三唱をした。このことに対して日本国内からも批判の声が上がっている。中国・京華時報が伝えた。
安倍晋三首相の取り巻きのごますりか? 上述を背景に私も批判する。 日中韓からの批判!!


結論
今、長州自慢の安倍晋三首相のもとで「皇室典範」を改訂すべきではない。
御厨貴氏は「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の座長代理を務めているが、この方も時代に乗り遅れた知性で相応しくない。

「歴史は権力がつくる」は常識であるが、最近の日本の歴史「明治維新」が権力にまみれていると日本人は気づいて欲しい。
今、原田伊織氏の著書「明治維新という過ち」などを端緒として、権力がつくった明治維新という歴史を見直すべき「とき」である。

「皇室」は日本民族にとって大切である。
伊藤博文の皇室典範を改めるのは、「明治維新」の歴史を見直したあとが良い。



安倍晋三首相の賞味期限

安倍晋三首相の賞味期限
前稿で安倍首相を褒めすぎた。リーダーシップ、指導力など良いところは良いのだが、ときどきジャイアンが顔を出す。

thYVHYI3JH.jpg  ドラえもん 上がえばるジャイアン

党内派閥を悪とする派閥解消(縮小)と小選挙区制の影響で自民党総裁(=首相)の権限が異常に大きくなった。衆議院の解散権も持っているから、アメリカ大統領より大きい権限があるという見方もある。米大統領は制度上議員に対し何ら権力を及ぼさないが、自民党の国会議員が候補者として選挙に出るには党総裁のご機嫌を窺う必要があるから、日本の「議院内閣制度」の大矛盾と言える。派閥が強い時代には派閥の長にこの権限が分散していた。だから、今、自民党国会議員の多様な意見が聞こえてこない。これは国の大いなる損失である。

長州、山口出身を鼻にかける。安倍首相在職日数が歴代6位になったお祝いをしたそうだ。
「山口出身の総理は私以外に7人います。そのうち在職期間ベスト10人に入っているのが5人います」「長ければ良いってものではありませんが、一番長いのは、桂太郎です。こんなことは東北では言えませんが

東北会津の戊辰戦争ではどんな恨みがあったのか長州は酷かった。死者を葬ることを禁止し、女性を犯し放題、土蔵などの財産は商人に売り飛ばし略奪し放題だった。そして、会津藩を下北斗南へ流刑にした。私は斗南藩の石碑が建つ地の近くに住んだことがあるが、まさに流刑地である。この恨みは今でも大きいと思うが、安倍晋三が演説に出かけ軽い言葉で謝ったそうだ。歴史が分かっていない。

thLY0UN68J.jpg 桂太郎首相 ニコッと笑ってポンと叩く 二流内閣と言われた

首相在職日数が歴代1位の長州・山口出身の桂太郎について一言。
戊辰戦争では(官軍?の一人として)庄内、新庄、秋田戦線で戦った。庄内藩は主に秋田藩領を戦場に約20戦して20勝した。庄内藩は戦えば勝ったから、藩境界を別にすれば領内を戦場にしていない。だから、一般の領民は戊辰戦争を知らないほどだ。二十歳の桂太郎は200人の部隊の長であったが、秋田藩領内を庄内軍から逃げ回り戊辰戦争が終わった時には部下の半数は死傷していたという。
本人は無傷で戦功なし

庄内軍は戦場の領民を大切にし、戦死者を手厚く埋葬し、仮菩提寺には埋葬に必要な金品を納めたという。会津での薩長の行状とは天地の差である。日露戦争時の首相桂太郎はこれを学んだはずである。同じ長州の先輩山縣有朋は閥の長で、尊敬したかどうかは知らないが、庄内藩二番大隊隊長「酒井玄蕃」の名は尊望の眼差しで見ていた筈である。勝手なことを言おう。桂の人となりを知らないが、立派な人であるとすれば、私は「桂太郎」は庄内藩が鍛え、育てたと思っている。

安倍「こんなことは東北では言えませんが」 ⇔ 「こんなことを東北庄内出身の私は誇らしく全国に言いふらしたい」

安倍さん、首相の言はすぐに全国を駆け巡りますよ。

一つの脳みそで決める独裁は危ない。習近平、プーチン、金正恩(キム・ジョンウン)は危ない。トランプはまだどうか分からない。安倍晋三を独裁者にしてはならない。それは与党の役割であることを知れ。野党もだがついで程度の期待しか持てない。

日米首脳会談

DSC07843.jpg NHK

日米首脳会談
安倍首相とトランプ大統領日米首脳会談が終った。
米国の大統領選挙について、基本的に民主党より共和党政権が良いと思っていた。トランプとクリントンの争いになり、クリントンは政治資金、中国との癒着、インテリジェンス(諜報、機密)などで政治の垢が付きすぎて嫌だと思っていたが、米国大統領の世界と日本への影響を考えるとトランプには恐怖感があった。

民主主義の国である米国民が選挙で選んだのはトランプ大統領であるから、今は、トランプだからこそ面白いと思っている。政治家としてのトランプには、その経歴から、自分の意欲からあふれんばかりに満杯の引き出しもあれば空っぽの引き出しもあるだろう。そして、これが批判の的になるのであるが、何を言い出すのか分からない危うさと行儀の悪さもある。
これらの問題については、共和党の副大統領、閣僚、スタッフに期待し、補ってもらえばよい。


安倍首相は世界各国の首脳と渡り合い会談、交渉している。その経歴は今の世界の首脳の中でも出色である。安倍晋三という人は、精神的にタフである。ある政治評論家が今のシチュエーションでトランプと会談しわたり合う交渉をするなんて私なら逃げ出したくなると言っていたのが印象に残っている。こういうことをタフにやってのけるのが政治家で評論家との違いであるが、今の日本にこれをやってのける人が他にいるだろうか。自民党で次期首相候補の・・・・・・?。日本の外務省が駄目なように、日本に安倍晋三のような人材は稀少である。孫正義がいるが、彼は天晴な商売人である。

DSC07844.jpg NHK
  貿易赤字は全体で7343億ドル(約78兆3千億円)、対日赤字は689億ドル(約7兆7千億円)。
  経常収支も4000億ドル程度の赤字。トランプならずとも危機感を持つべき状況だ。
  アメリカの過剰消費が、中国の軍事費を含め、世界経済を背負っている。 


マスコミ、野党、左翼団体は、難民・移民問題に関し、外国の首脳のように何故安倍首相はトランプ大統領を批判できないのかと軽々しく正論を吐く。幸いなことに、移民・難民問題は、日本の首相が他国を決して批判できない外交問題である。それをマスコミは知らないか?知っても知らんぷりなのか?安っぽい政権批判のためにこれを「おべっか」とほざく!!!
私は最近の移民条件緩和にさえ批判的なのだから、日本が大量の難民・移民を受け入れのには反対である。

グローバリゼーションという言葉がある。私はこれが嫌いというより行き過ぎだと思う。だから、英国のEU離脱を歓迎しているし、トランプ発言にも抵抗が少ない。アメリカフアーストなら日本ファーストと言えばいいし、都民ファーストには埼玉県民、山形県民ファーストと言えばよい。ナショナリズムが悪いというが、英国は英国らしく、フランスはフランスらしく、日本は日本らしくあって欲しい。らしくなくなって欲しいのは韓国だけである。

安倍首相が渡米する直前に、トランプは習近平に初めて電話し、一つの中国 について従来通り継続すると伝えたという。これは、一つの中国とは限らないとか、台湾総統に電話し、台湾総統が訪米し、共和党有力議員と会った後のタイミングという経過をたどっている。このタイミングは極めて戦略的である。トランプ政権は賢い集団であるとつくづく思う。

この戦略的な賢さは素晴らしいが油断がならない。もちろん日本にとっても


坂本龍馬暗殺の黒幕は西郷隆盛

坂本龍馬暗殺の黒幕は西郷隆盛
暗殺実行者は齋藤一、と本郷和人東大教授が林修氏のテレビ番組で語っていた。
私は、本郷和人東京大学史料編纂所教授が語る歴史は面白い、磯田道史氏と双璧だと思っている。

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坂本龍馬の暗殺の黒幕が西郷隆盛とするのは納得できる。
赤松小三郎を暗殺したのは中村半次郎で黒幕は西郷隆盛である。
赤松小三郎は、慶応3年5月「建白七策」を福井藩松平春嶽と薩摩藩島津久光に提言した。
その一カ月後の慶応3年6月坂本龍馬が、
赤松の「建白七策」を下敷きに「スローガン」的にした「船中八策」を起草した。 

「建白七策」「船中八策」は西郷ら薩長勢にとって不都合と考えたのが原因であろう。


赤松小三郎は慶応3年9月3日、薩摩藩中村半次郎(桐野利秋)等により暗殺された。
坂本龍馬はその約2カ月後の慶応3年11月15日に暗殺された。
暗殺犯には諸説があるが、薩摩藩の大久保、西郷黒幕説がある。

その詳細は、クリック → 赤松小三郎 を参照されたい。


しかし、本郷教授の齋藤 一 暗殺実行説は、西郷とのつながりがあり、左利きだから、との説明たが俄かには納得できない。
齋藤一は新選組三番隊組長で撃剣師範、戊辰戦争では会津藩とともに戦い、西南戦争では西郷の敵として戦い、大正時代まで生きた。私には西郷と斎藤一の接点が分からない。 本郷教授は自説を小出しにして勿体つけてる風にも見えたが。

『明治維新という過ち』 という著作

『明治維新という過ち』
という本を読んだ。著者の「原田伊織」氏と私には共通点がある。

致道館_5_-_コピー[1] 致道館 鶴岡市

私は徳川四天王の譜代大名左衛門尉酒井家のお膝元庄内出身で庄内藩の伝統を多少なりとも受け継ぐ鶴岡の名門校といわれる高校を卒業した。在学中、同窓会長は酒井家当主であった。庄内藩には致道館という藩校がありその名を冠していなかったが、同じ山形県内の藩校を冠した米澤興譲館高校を羨ましいと感じたこともある。

著者「原田」氏は京都生まれだが、彦根市で育ち彦根藩の藩校を冠する弘道館高校を卒業したという。彦根(佐和山)藩は言うまでもなく同じく徳川四天王譜代大名である井伊家の版図であった。(今、NHK大河ドラマの舞台である。楽しみにしている。)


私は徳川家にゆかりが深い藩出身であるからこそ、明治維新と言われる歴史を詳細に検討し、薩長藩閥権力による明治維新の歴史は捏造されていると結論している。原田氏は小説家であるが発端は似ているように思われる。

私は戊辰戦争勃発を糸口として経緯を大局的に調べ、薩長藩閥政府は「戦(いくさ)の遺伝子」を持ち、明治以来の征韓論、日清戦争、日露戦争、満州事変、日華事変、太平洋戦争はその遺伝子によるものだと結論している。そのキーワードは、赤報隊、世良修蔵、二本松・会津戦争の残忍さ、明治憲法、皇室典範、廃仏毀釈などである。


私は薩長藩閥明治政府を「戦の遺伝子」を持つと表現しているが、原田氏は吉田松陰はじめ長州の勤皇攘夷の志士たちを「テロ集団」と呼んでいる。

司馬遼太郎の昭和に入り日本は情けなくなったという歴史観間違いで、「戦の遺伝子」は明治憲法、皇室典範そのものに内在し、それは薩長藩閥明治新政府が本源的に持つ遺伝子であり、明治以来のあらゆる戦争はそれに原因があるというのが私が到達した結論である。


※右リンク欄の【戊辰戦争】最強軍団【庄内藩】をクリックして庄内藩の説明動画を見てください。

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