埋もれた警告1 箕浦幸治教授

仙台平野にて 2012年11月5日
                                             仙台平野にて 2012年11月5日
埋もれた警告1  
箕浦幸治 東北大学教授 地質学

「見えますよ 貞観」 「今まで穴を掘って見えたものがこの津波によって削りとられたんですよ」「それで見えるようになったんです」 「貞観ってこんなに厚いですよ」

貞観津波と2000年前の弥生時代の津波(前述)は同じ規模である。
今から25年前の1986年、西暦869年に襲来した貞観津波の砂層を初めて発見したのは箕浦教授である。
それは箕浦教授の画期的な調査手法によってもたらされた。

箕浦教授の研究歴
1983年:日本海中部地震;マグニチュード7.7、地震による死者4人
      日本海中部地震津波;高さ最大14.9m、 秋田中心に死者100人 
このとき海が白く濁ったことから、湖には過去の津波の痕跡があるのではないか。
十三湖周辺でボーリング調査を行い湖底堆積物を調べたところ、海底の成分を含む砂の層が見つかる。

調査結果(年)   文献上の津波(年)           
 1339       1341(津軽沖)
 1748       1741(渡島沖)
 1799       1793(鰺ヶ沢沖)
 1829       1833(山形沖)
 1860       1856(日高沖)   調査結果と文献の年代が僅かな誤差で一致した。

堆積物を調べれば年代とともに破壊力も知ることができる。地震大国日本において防災対策に役立つ調査手法と思われた。「役立つと思いましたね。必ず。歴史的な津波あるいは歴史以前の津波についても」

1986年 この手法を生かし貞観津波の調査のため、調査を仙台平野に広げた。
貞観津波;謎に包まれた文献上の津波。日本三代実録に記録
869年7月13日(貞観11年5月26日)陸奥の国を巨大地震が襲った。驚くほど巨大な津波が内陸奥深くまで押し寄せ国府である多賀城までやってきた。溺死者は千人に達している。

しかし、過去の文献からは津波の高さや浸水した範囲などが分からない。そこで堆積物の調査を試みる。 
多賀城から10km南の3か所、休耕田地中1.5m深さまで調査した。全てで津波がはこんだと思われる海の砂を発見した。海岸から内陸に向かうほど砂層は薄くなっていった。
年代測定の結果、貞観津波と一致し、貞観津波が初めて科学的に裏付けられた。

学会誌 「THE JOUNAL OF GEOLOGY」(1991)に発表

注目した企業:東北電力女川原発2号機計画で箕浦教授の調査手法を用いる。
仙台平野における貞観津波の調査を実施し、貞観津波と同規模の津波の高さを想定した。
3.11の津波で主な建物の被害を免れた。箕浦さんの研究は原発の安全を守るために役立った。
学会誌;「地震」(1990年)に発表

バブル絶頂期、仙台平野に開発の波。「余計なことをするな「という真に迫った電話。たび重なる脅迫(その筋の人?)  
学会でも全く注目されず、研究費がつかない。貞観津波の調査の継続を断念した。

1993年 海外調査に。ロシアカムチャッツカの調査の最中、北海道南西沖津波の発生を知る。
奥尻島での犠牲者200人以上。日本で津波調査を続けていれば・・・。無念の思い。

「未曾有」 「想定外」 とされてきた東日本大震災。
しかし、このようないくつかの警告が事前に発せられ、成果も出ていたのだ。
 


箕浦教授の研究手法は、東日本大震災の少し前と震災後、再び注目されることになる。(後述)

つづく
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