3月3日 昭和三陸津波襲来の日

1933_Sanriku_Earthquake_damage_at_Karakuwa[1]
                                          津波の被害に遭った唐桑地区(宮城県)
3月3日 昭和三陸津波襲来の日 

間もなく3.11から2年になるが、その前の今日3月3日は昭和三陸津波が襲来した日である。
1933年(昭和8年)3月3日午前2時30分48秒昭和三陸地震が発生した。80年前のことになる。

マグニチュード(M)8.1
津波;岩手県気仙郡綾里村28.7m

死傷者数;死者1522名  行方不明者1542名  死者行方不明者計3064名   負傷者1万2053名
家屋全壊7009戸、流出4885戸、浸水4147戸、焼失294戸。

行方不明者が多かったのは、津波の引き波により海中にさらわれた人が多かった事を意味する。

岩手県の下閉伊郡田老村で、人口の 42%に当たる763人が亡くなり(村内の人口は1798人)、家屋も98%に当たる358戸が全壊した。津波が襲来した後の田老村は、家がほとんどない更地同然の姿となっていた。


この昭和三陸津波の年の9月21日宮沢賢治が逝去した。
宮沢賢治が誕生したのは明治三陸津波襲来の年1896年((明治29年)(6月15日襲来))8月27日であった。
賢治はこの二つの大津波の間約37年間を生きたことになる。

(2012.9.27参考;カテゴリ〈津波堆積物と地震予知〉をクリックすると本稿の直ぐ下に表示されます。)

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