福島第一原発事故と甲状腺がん

国立国会図書館国際子ども図書館にて
                                        国立国会図書館 国際子ども図書館(上野)
福島第一原発事故と甲状腺がん

2012.9.11 ;甲状腺がん1人
原発事故を受け福島県で始まった子供の甲状腺検査で、1人ががんと判明した。
36万人が対象という前例のない検査に、県や福島県立医大は「見つかった時にいかに落ち着いて対処できるかが鍵だ」としてきた。記者会見した鈴木真一教授は「大人より子供の方が発症後の経過が良いので慌てなくていい」と述べた。

2013.02.13;甲状腺がん新たに2人;計3人;甲状腺がんの疑い7人;計10人(男子3名、女子7名)
東京電力福島第一原発事故の発生当時18歳以下だった子どもを対象に実施されている福島県の甲状腺検査で、新たに2人が甲状腺がんと診断されたことが、13日の県民健康管理調査の検討委員会で報告された。昨年9月に判明した1人と合わせ、3人になった。このほか、7人に甲状腺がんの疑いがある。

今回、公表されたのは、2011年(平成23年)に先行して甲状腺検査をおこなった13市町村の3万8114人の調査結果。結節(しこり)やのう胞などが見つかり、二次検査を受診した162人のうち、昨年9月に甲状腺がんと診断された1人を含む計3人の甲状腺がんが確定した。3人は、既に手術でがんを摘出し、通常の日常生活を送っているという。

検討会後の記者会見で福島県率医大の鈴木真一教授は、「チェルノブイリで甲状腺がんの発症が増加したのは、原発事故後4〜5年経ってから。元々あったものを発見した可能性が高い。(原発事故との因果関係は)考えにくい」と語った。

<コメント>
国立がんセンターのデータでこの年代の甲状腺がんの罹病率は10万人に0.6人程度なので、3万8千人なら「0.23 人」。3人/0.23人=13倍、10人/0.23人=43倍に当たる。

福島県率医大の鈴木真一教授の説明には疑問がある。「被曝による甲状腺がんは4,5年かかる」と説明し、それより早期にがんにかかるのは原発事故の影響ではないという。結節(しこり)やのう胞なども多数発生していることから、原発事故の影響が大きく早期に発病したと考えるのが素直な考え方だと思われるが。


福島県立医大とは 
野口英世の故郷の医大。
野口英世はノーベル賞候補、人種差別がなかったらノーベル賞を受賞したともいわれる偉大な医学者。

福島県民の安全のために、山下副学長とともに鈴木真一教授が日夜努力されています。というのが県立医大の使命だが・・・・・。

放射線ホルミシス
放射線の人体に対する影響については、「放射線ホルミシス」=「低放射線は体にいい」という考え方もある。
NASAのラッキー博士が教祖とされるが、NASAは採用していない。信者は国内にも多く、話題にこと欠かない。

恐怖からの自由
放射線の影響についてはいろいろな考え方があるが、人には「恐怖を感ずる自由」と「恐怖からの自由」がある。


山下 俊一(1952年 - );発言をウィキペディアより抜粋して引用
長崎大学大学院教授、福島県立医科大学副学長。福島県放射線健康リスク管理アドバイザー等を務める。

アドバイザー就任後の山下 俊一の発言抜粋
「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。酒飲みの方が幸か不幸か、放射線の影響少ないんですね。決して飲めということではありませんよ。笑いが皆様方の放射線恐怖症を取り除きます」

「100マイクロシーベルト/hを超さなければ、全く健康に影響及ぼしません。ですから、もう5とか10とか20とかいうレベルで外に出ていいかどうかということは明確です。昨日もいわき市で答えられました。『今、いわき市で外で遊んでいいですか』『どんどん遊んでいい』と答えました。福島も同じです。心配することはありません。是非、そのようにお伝えください」と発言した 。

福島県の公式サイトでは3月22日付更新で「質疑応答の『100マイクロシーベルト/hを超さなければ健康に影響を及ぼさない』旨の発言は、『10マイクロシーベルト/hを超さなければ』の誤りであり、訂正し、お詫びを申し上げます。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません。」

筆者注);第1種放射線取扱主任者である筆者は「100マイクロシーベルト/hを超さなければ」を読んだだけで、この福島県立医大副学長が1ケタ勘違いしていることがすぐに分かる。

福島県知事には独自にヨウ素剤服用の指示をだせる権限はあったが、国からの指示を待ち、県としての独自対応はしなかった。双葉町、富岡町、大熊町、三春町の4町は現場判断で15日に服用を実施。いわき市と楢葉町、および浪江町民の避難所ではヨウ素剤の配布のみを行っていた。

3月24日に公開されたSPEEDIではそれまでの被曝積算量(1歳児・甲状腺)100mSv以上を示す地域が飯館村、川俣町、南相馬市をはじめとして広く描出されており、国会事故調査委員会は服用による予防策は十分ではなく、福島県知事に責任があったと結論づけている。

山下は「国の言うことは正確なんだから、あなたたちは国の言うことに従ってください。私は学者であり、私の言うことに間違いはないのだから、私の言うことをキチッと聞いていれば、何の心配もない」と語り、「大丈夫」「大丈夫」のオンパレードで、汚染実態を何も知らないまま講演に来たのかとさえ思ったという(山下が飯舘村の高い放射線量を知ったのは、3月24、25日。

4月11日に飯舘村は計画的避難区域に指定されたが、山下はそれについて、「飯舘村の人たちは自分の意思をもう少し反映してもいいのではないかと思いました。20ミリシーベルトという基準で切ること自体を、許容するかどうか、地元のみなさんに決めていただくという考え方です。例えば、放射線の影響を受けにくい40歳以上の人なら、働き盛りで、帰って牛を育てたり、稲をつくったりするほうが、メリットが大きいわけです」という意見を述べている。

5月27日には、福島県で約202万人の全県民を対象に、3月11日の事故以降の行動を調査することを決定し、福島県民健康管理調査検討委員会の会合が初めて開かれ、山下はその検討委座長に選ばれた。

こどもを外で遊ばせていいかという質問に対し、「1時間当たりの空間線量が毎時10マイクロシーベルト以下であれば、外で遊ばせて大丈夫です。マスクをしなくても大丈夫。もちろん普段通りの通学も問題ありません。」と回答した。

2012年6月11日、約1300人の福島県民による「福島原発告訴団」は、東電や国の幹部、そして山下を含む放射線の専門家ら計33人に対して、業務上過失致傷などの容疑で福島地検に告訴状を提出した。

山下副学長については「続きを読む」をどうぞ

山下 俊一(1952年 - );ウィキペディア
2011年3月19日に福島県知事佐藤雄平の要請により、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任。「市民との対話を繰り返して放射線の恐怖を取り除くこと」を主眼に、クライシス・コミュニケーションの立場から、福島県を中心に各地で放射線に関する市民講演会を行った。

3月21日に高村とともに福島テルサで開かれた講演会で、「これからフクシマという名前は世界中に知れ渡ります。フクシマ、フクシマ、フクシマ、何でもフクシマ。これは凄いですよ。もう、ヒロシマ・ナガサキは負けた。フクシマの名前の方が世界に冠 たる響きを持ちます。ピンチはチャンス。最大のチャンスです。何もしないのにフクシマ有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です」

「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。酒飲みの方が幸か不幸か、放射線の影響少ないんですね。決して飲めということではありませんよ。笑いが皆様方の放射線恐怖症を取り除きます」

「100マイクロシーベルト/hを超さなければ、全く健康に影響及ぼしません。ですから、もう5とか10とか20とかいうレベルで外に出ていいかどうかということは明確です。昨日もいわき市で答えられました。『今、いわき市で外で遊んでいいですか』『どんどん遊んでいい』と答えました。福島も同じです。心配することはありません。是非、そのようにお伝えください」と発言した 。

なお、福島県の公式サイトでは3月22日付更新で「質疑応答の『100マイクロシーベルト/hを超さなければ健康に影響を及ぼさない』旨の発言は、『10マイクロシーベルト/hを超さなければ』の誤りであり、訂正し、お詫びを申し上げます。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません。」という訂正があるが、インターネットアーカイブの2011年3月24日18:21:04時ではそれが存在しない。

週刊東洋経済2012年6月30日号のインタビューで、山下は講演について聞かれた時、「事故直後、毎時10~20マイクロシーベルトという空間線量が各地で計測された。ただし、そのレベルではどんなに多めに見積もっても(がん発症が統計学的に有意に増加するとされる)100ミリシーベルトに達することはないことから、『心配しすぎなくていい』と申し上げたと語っている。

なお、福島県の公式サイトでは3月22日付更新で「質疑応答の『100マイクロシーベルト/hを超さなければ健康に影響を及ぼさない』旨の発言は、『10マイクロシーベルト/hを超さなければ』の誤りであり、訂正し、お詫びを申し上げます。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません。」という訂正があるが、インターネットアーカイブの2011年3月24日18:21:04時ではそれが存在しない。

福島県知事には独自にヨウ素剤服用の指示をだせる権限はあったが、国からの指示を待ち、県としての独自対応はしなかった。双葉町、富岡町、大熊町、三春町の4町は現場判断で15日に服用を実施。いわき市と楢葉町、および浪江町民の避難所ではヨウ素剤の配布のみを行っていた。3月24日に公開されたSPEEDI[81]ではそれまでの被曝積算量(1歳児・甲状腺)100mSv以上を示す地域が飯館村、川俣町、南相馬市をはじめとして広く描出されており、国会事故調査委員会は服用による予防策は十分ではなく、福島県知事に責任があったと結論づけている。

山下は後に、「甲状腺の等価線量で100ミリシーベルトとか200ミリシーベルトとか500ミリシーベルトといった値が、飯舘村から浪江町の辺りに理論的にあるわけです。そういう人たち以外のリスクは極めてゼロに近いと思います」という見解を語っている。

また、福島民友新聞のインタビューに対し「影響があるのは100ミリシーベルト以上の放射線量を1回で受けた時で、将来、がんになる可能性が1万人に1人ぐらい増える」、その放射線量を「CTスキャンを1度に10回受けたときの放射線量に相当する。ただし、CTスキャンは医療に必要であり、CTスキャンが悪いというものではない」と述べた。一方で長崎新聞のインタビューには、放射性物質が30km圏外にも飛散しているとした3月23日の政府公表に対し「子どもや妊婦を中心に避難させるべきだ。ただし理論値であり、誤差を検証しなければならない」と答えている。

その後、4月1日に飯舘村で村議会議員と村職員を対象にした非公開のセミナーでは、「今の濃度であれば、放射能に汚染された水や食べものを1か月くらい食べたり、飲んだりしても健康には全く影響はありません」[86]と発言した。参加者の一人によれば、山下は「国の言うことは正確なんだから、あなたたちは国の言うことに従ってください。私は学者であり、私の言うことに間違いはないのだから、私の言うことをキチッと聞いていれば、何の心配もない」と語り、「大丈夫」「大丈夫」のオンパレードで、汚染実態を何も知らないまま講演に来たのかとさえ思ったという(山下が飯舘村の高い放射線量を知ったのは、3月24、25日[88])。

4月11日に飯舘村は計画的避難区域に指定されたが[89]、山下はそれについて、「飯舘村の人たちは自分の意思をもう少し反映してもいいのではないかと思いました。20ミリシーベルトという基準で切ること自体を、許容するかどうか、地元のみなさんに決めていただくという考え方です。例えば、放射線の影響を受けにくい40歳以上の人なら、働き盛りで、帰って牛を育てたり、稲をつくったりするほうが、メリットが大きいわけです」という意見を述べている。

同日、福島県立医科大学理事長付特命教授の辞令が交付される。
4月5日、東京で行われた日本財団主催による講演会で山下は、「福島第一原発の原子炉が今回の地震で損傷なく生き延び、日本の科学の粋をもって緊急炉心停止が行われたのは不幸中の幸い。今後大爆発は起こらないだろうし、炉心の中のくすぶりを抑えるため、いま懸命な努力がなされている。ただ、チェルノブイリの100分の1程度の放射性物質が環境中に放出されたと推測されるため、今後長期的なモニタリングと健康影響調査が必要だろう」と語った。

4月6日、官邸に助言を行う原子力災害専門家グループに招聘された。
5月27日には、福島県で約202万人の全県民を対象に、3月11日の事故以降の行動を調査することを決定し、福島県民健康管理調査検討委員会の会合が初めて開かれ、山下はその検討委座長に選ばれた。

一連の講演会では、自分の判断で避難する事は出来るとしつつも[50]、こどもを外で遊ばせていいかという質問に対し、「1時間当たりの空間線量が毎時10マイクロシーベルト以下であれば、外で遊ばせて大丈夫です。マスクをしなくても大丈夫。もちろん普段通りの通学も問題ありません。」と回答した。また同時期、週刊誌の対談で行政に対し「たとえ30キロ圏外でも、必要なら自主的にではなく、命令をもって避難させなければいけない」と言及している。

9月12‐13日には、日本財団の後援により、福島医大で放射線医学・防護の国際専門家会議『放射線と健康リスク』[96]が開催されたが、組織委員を務めた山下は、「世界の英知が福島県に集まって議論してメッセージを発したことで、不安払拭が期待できる。県民健康管理調査の方向性についても外部の目で評価され、正しさが確認できた」と評価した。

2012年 3月には朝日新聞長崎版のインタビューに応じ、健康調査について「健康調査は我々医療関係者の最大の責務だ。自ら選択して住み続ける人たちを見守っていかなければならない。今も200万人近くの人が大変な生活をし、風評被害に耐えている。その方たちに危険をあおって、福島から出て行けという方が無責任だ」と主張した。震災がれきの受け入れについても「乗り越えなければならないことだ。痛みを共有する、重荷を分かち合うという覚悟ができるかどうか」であると語った。

東日本大震災から1年後の2012年3月11日には、アラブ首長国連邦ドバイのハリファ大学で開催されたセミナ-で学生、教授やスタッフを相手に福島第一原子力発電事故について語った。

同年6月11日、約1300人の福島県民による「福島原発告訴団」は、東電や国の幹部、そして山下を含む放射線の専門家ら計33人に対して、業務上過失致傷などの容疑で福島地検に告訴状を提出した。

全国中学校理科教育研究会は、7月15日-21日にウクライナ・ロシア視察を行い、NPO法人ネットジャーナリスト協会会長有馬朗人と共に山下も参加した[101]。同行した一人によれば、山下はチェルノブイリ原子力発電所で「福島はこれが4つですからね・・・」 と肩を落としていたという。
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