中山雅史選手引退

プラチナ夫婦アワードを受賞

     プラチナ夫婦アワードを受賞

ゴン中山 (1967年9月23日~、静岡県(現)藤枝市、藤枝東高校、筑波大学)


  J1リーグ最多157得点(354試合)、元日本代表、W杯日本代表初得点、コンサドーレ札幌FW中山雅史45歳が今日12月4日引退記者会見をした。

  <ジュビロ磐田>は1993年Jリーグ発足時の10チームに入れなかった。ゴン中山は清水エスパルスからのオファーを固辞し、Jデビューはジュビロ磐田と同じ1994年。

  同じ歳に<天才サッカー少年武田修弘>(1967年5月10日~、静岡県浜松市)という絶対的存在がいたため静岡県選抜チームではDFへコンバートされた。中山自身が「武田のライバルとは見られなかった」と語っている。

  <筑波大学><井原正巳>とセンターバックでコンビを組んだが先輩<長谷川健太>(1965年9月25日~、清水東高校、筑波大学)らの進言で本来のセンターフォワードに戻る。

  1998年Jリーグ;<4試合連続のハットトリック(16得点/4試合)を達成>;C大阪戦5得点(4/15)、広島戦4得点(4/18)、福岡戦4得点(4/25)、札幌戦3得点(4/29);ギネスブックに掲載。わずか2週間の出来事とは驚き。このシーズンの36得点/27試合はJリーグ記録。
  <W杯日本代表初得点>(1998年仏大会、6月26日対ジャマイカ戦)。この試合で得点後骨折したため、Jリーグ出場は27試合/36試合。

  <史上最速のハットトリック> 2002年2月16日; アジア杯予選のブルネイ戦で3分15秒で達成。これまでの記録3分30秒を更新し、ギネスブックに掲載。


<コメント>

  <カズ>へのレスペクトの念が現役を続けさせてきた原動力だと思われる。カズとの付き合いで(約束はないと思うが)先に引退したくなかったのではないか。中山とカズのボロボロになっても引退しない姿勢が好きになった。私が二人のファンになったのは最近のこと。中山雅史は謙虚な男だと思う。

  解説者、指導者、タレント、全ての才能に恵まれていると思う。監督としての姿を見たいし、解説も聞きたい。

  ある風景を思い出す。ジュビロ磐田のトレーニング中、隣のグランドで<Lリーグ(なでしこリーグの前身)>べレーザもトレーニングをしていた。<高倉麻子選手>(1968年4月19日~、福島県福島市)が「中山さんは素晴らしいサッカーをするね」と見ていた風景である。実感がこもっていた。その中には当然<澤穂希>もいた。

  あれ以来、<日本サッカー>は男子も女子も信じられないような<高み>に達した。確実に<歴史を刻んでいる>と実感する。 
 

 
<参考>

三浦和良(1967年2月26日~、静岡市)=カズ=キング・カズ。横浜FC所属。国際Aマッチ1試合最多6得点、通算55得点。J1;139得点(321試合)。J2;169試合16得点
 
井原正巳(1967年9月18日~、滋賀県(現)甲賀市) アジアの壁といわれたデフェンダー。高校時代はフォワードであった。最近<リベロ>という言葉を聞かなくなった。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

知りたいことが全部書いてある!!!
プロフィール

 辻 幸弥 (つじこうや)

Author: 辻 幸弥 (つじこうや)
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR