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新元号 『令和』 (れいわ、REIWA)

新元号 『令和』 (れいわ、REIWA)
4月1日、新元号が『令和』と決まり発表された。万葉集が出典で日本の古典からははじめてという。
言葉としての響きが良い。簡素な字画の姿が良い。その意味に深い味わいがある。出典 が良い。・・・etc

    DSC09326.jpg
 図の右5案の他に国書(日本古典)由来の案をさらに出すよう、中西進氏らに追加依頼した。その中から
 『令和』を3月最終週に加え、計6案が4月1日の有識者懇談会に示す原案となった。(図はNHKテレビ)



『令和』の出典
万葉集 巻第五
梅花の歌三十二首并せて序 天平二年正月十三日(西暦730年2月10日)
作者大伴旅人:大宰府の帥大伴旅人の邸宅に集まって宴会を開いた。その一節
「初春令月、氣淑風和」     初春の令月にして、氣淑(よ)く風和(やわら)ぎ

漢籍:後漢時代の文人張衡(ちょうこう、西暦78年~139年)の詩『帰田賦』(文選)
「仲春令月、時和気清」     仲春の令月、時は和し気は清む

大伴旅人の文章(漢文)は明らかに張衡の「帰田賦」を下敷きにしている。
優れた文学へのリスペクトあるいはオマージュとして、尊敬する先人の作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事はよくあることであるが、それはときに素晴らしい傑作を生む。日本には『本歌取り』の伝統がある。
大伴旅人の序、『梅花の宴』を開いたことおよび漢文の文章をしたためたこと、は王義之の「蘭亭序」を模している(中西進氏)。王義之と張衡の漢籍は二重に大伴旅人のあこがれであったのであろう。


日本の古典から選んだのは間違いないが、それを書いた大伴旅人は中国の王義之、張衡へのオマージュがあったことは認識すべきである。
これらすべてを含めて、元号『令和』の選定は素晴らしい。

大伴旅人は大宰府長官(帥)。山上憶良(筑前守山上太夫)もこの宴に参加している。大宰府がある筑前国の言わば知事(筑前守)が山上憶良。この『序』文は憶良作との説もあるらしい。地位は大宰府帥旅人がかなり上。

『令和』の提案者は萬葉学者の中西進氏』だと報道されている。真実であろう。

※参考:中西進 萬葉集 全訳注 原文付 講談社 昭和59年9月 377~386頁

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