天皇の生前退位

天皇の生前退位

天皇陛下 お気持ち表明 (平成28年8月8日午後3時)  抜粋
本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていく ことが、難しくなるのではないかと案じています。


天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
 
国民の理解を得られることを、切に願っています。


      img_1[1] 
                 天皇皇后両陛下 東日本大震災の被災地にて祈る


<所見>
ある憲法学者(横田耕一)は天皇の発意で物事が動くというのは望ましくないと批判している。主権者である我々国民 が考えることである。正論である。率直に言って、我々国民が気が付かず、思いもよらなかったことを、天皇のお言葉で気が付いた。これを機会に「天皇の生前退位」について国民が考えることにすればよい。

日本の歴史を考えた場合、皇室典範 は非常に狭義になっている。例えば、皇統を継ぐのは男系男性天皇だけであるが、歴史上女性天皇は多い。ただし、すべて男系の女性天皇である。また、問題の「生前退位」の例も歴史上は多い。などが歴史的事実であり、皇室典範とは異なる 


<私見>
皇室典範の見直しは煩雑で難しい。「生前退位」の部分だけ改正すればよい。今上天皇(現天皇)だけの特別立法にするのも良いと思う。

お気持ち表明では「象徴」という言葉を繰り返し使われている。明治天皇は日本国の「元首」であった。昭和天皇は「元首」から戦後「象徴」になった。今上天皇は最初から「象徴」であり、「元首」であったことのない天皇である。私たちが聞きなれ使い慣れた「象徴」という表現は現在と将来の天皇に相応しい表現だとおもう。


古代において天皇は権力者であった。平安時代、桓武天皇は平安京遷都、奥羽蝦夷征伐などで権力をふるったが、間もなく摂政、関白などが権力の表に出てくる時代になり、さらに武家が権力を握る時代に変遷した。権力志向の後醍醐天皇が出現したりしたが、明治維新まで、長期に渡り天皇は権威ではあったが権力の座になかった。明治維新では薩長が権力争いに勝つために天皇の権威を利用し、決して天皇の逆賊ではなかった会津藩などを相手に必要もない「戊辰戦争」という内乱を起こした。天皇の権威はやがて軍部から政治権力として利用されるようになり、それが軍部の暴走を招く原因になったのである。

だから、忌わしい歴史の記憶がある 「元首」 より 「象徴」 が天皇に相応しい。
「お気持ち表明」を通じて感じることは、今上は、明治維新時の天皇の「元首」への担ぎ出しに批判的で、それ故「象徴天皇」にこだわりがあるような気がしてならない。


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