<空気>を読む

96932_1106_90241l[1]  小沢一郎

  <空気>に支配されやすい  これは日本人の一面である  

  <小沢一郎 強制起訴裁判 無罪>を臨時ニュースとしてラジオが報じた。

  そのとき出先で司会役の毒蝮三太夫が「無罪と言ったって国民の誰も信じないよな」というようなことを言った。これが今、日本を支配している<空気>である。例外を除いて、評論家達は異口同音に同じことを言うし、新聞もテレビの報道番組も一部を除いてこの<空気>に支配されている。

  私は<空気を読む>ことが嫌いである。はっきり言って<空気>は読める。しかし<読まないふり>をするし<読めないふり>をする。そして、<空気>に支配されないように<空気>と無関係に行動する。断っておくが<空気>と逆の行動をするということではない。

  小沢一郎が有罪か無罪か私は知らない。どうあって欲しいとも思わないようにしている。しかし<小沢一郎>は国会議員数で嘗ては2番目の、今は3番目の党の党首であるところにも大きな問題がある。この裁判で民主主義による政治が大きく動かされたのだ。有罪でもないのに党員資格停止など非論理的なことが行われた


  <小沢一郎>は改正検察審査会法(09年5月施行)に基づき強制起訴された。もともと検察が難しいとして不起訴とした事件を起訴するのが強制起訴である。だから、もともと証拠が不十分な事件を起訴するのが強制起訴である。

  では、何による起訴か? もともと市民感覚という<空気>のようなものがこの制度の発端である。あいつは悪い奴だから罪がないわけはない。起訴しないのはおかしいという<空気>があったとき、強制起訴されると解釈される。

  この制度はおかしい。即刻廃止すべきである。日本人は<空気>に支配されやすいが、少なくとも検察とか裁判のような司法の世界では論理的になる必要がある。
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