科学としての地震予知

 東北大学の箕浦教授は地質学が専門である。地質学は地球の歴史を科学する。歴史を探ることは未来を見通すことに通ず。虚心坦懐に地質学の手法を応用して地球に刻まれた大津波襲来の痕跡を調べることでその周期性を見出し、津波予知の成果を得た。
 
 予知とはいえおおよそ1000年前後の周期、その誤差は不明である。仮に貞観地震から1000年後に大津波が起こったとしたら869+1000=1869年=明治2年に起こったことになる。142年後の昨年大津波は襲来したが、これ位は誤差の範囲であろう。後知恵といわれるかも知れないが、襲来が遅れていた分、より緊迫した状況にあったことになる。

 地震学はGPSや地震計などの計測から情報を集めプレートテクトニクス理論を用いてモデル化しコンピュータシミュレーションをして地震予知をしているように思える。しかしそれらの情報には100年程度の蓄積しかない。素人目にも地球の営みを予知するには歴史的データの蓄積が不足しているように思われる。

 スーパーコンピュータを用いてシミュレーションを行い、有効な成果を得ている分野に気象予報がある。地形、海水面が詳細に明らかで、気圧、風速、風向、気温、海流、海水面温度などの計測網が張り巡らされ、時々刻々計測データが出てくる。だから、シミュレーションの精度が直ぐに検証・評価できる。精度が悪ければ我々の1日単位の生活感覚として直ぐにバレる。

経済予測のシミュレーションについても同様なことがいえる。経済予測は難しいといわれ、思い思い色々なモデルを使い、世界中から多くの予測が出されている。感覚として日単位よりはスパンが長いと思われるが、これも予測精度が月、年の単位で評価、検証できる。 
 
 地震予知は、これらの分野に比べると、予測時間のスパンが桁違いに長い。100年程度では過去のデータとして短かすぎるし、シミュレーションの結果を直ぐに検証する方法もない。即ち評価・検証する方法がないのである。阪神・淡路大震災と東日本大震災は予測されるべき地震であったが、想定外でした、外れていましたというのではあまりにお粗末だし、何よりもそれによる犠牲が大き過ぎる。思い切って言うが、地震学者にいくら謝られても仕方がないのである。

 即ち、予測・予知のシミュレーションが有効なのは、時系列データが継続し、シミュレーションとセットでシミュレーションの精度の評価・検証がなされる場合ではないだろうか。
 この観点からすればこれまでの地震予知の原理自体がおかしいのではないか。文字通り地について調査する活断層や箕浦教授の津波の痕跡調査こそもっと緻密になされるべき方法なのではないか。 
 
 私には地質学などの手法により地球に刻まれた歴史を緻密に読み取り、それを基礎にして予知の精度を上げるのが地震学の立場であるように思われる。地震という言葉が頭にくるからと言って国家の地震予知を背負うには心もとない。
 もっと言えば、地震学会が目指す方向からの地震予知は未来永劫不可能なようにさえ思われる。

 ささやかな私的経験として、工場勤務していた時代、生産工程をコンピュータ制御する目的で様々なモデルを作りシミュレーションを行った経験がある。その妥当性・精度は動いている生産工程ですぐに評価・検証出来たし、それが可能だったからこそ制御(=予知・予測)シミュレーションに意味があったと思っている。  
  
 箕浦教授の共同研究者今村文彦教授のグループが行ったシミュレーションは、貞観地震・津波の裏付けとして、過去に起こったことについて計算したもので、それで完結している。地震・津波の再現数値シミュレーションで、予知・未来予測ではない。このような数値シミュレーションの方法論を否定しているものではない。




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