中国『反日』の経緯

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 朴韓国大統領 プーチン露大統領     習近平主席       江沢民元主席      胡錦濤前主席
 『中華人民共和国』は、2015年から新たに9月3日を「抗日戦争勝利記念日」とし祝日とした。軍事パレードを観る首脳たち


中国『反日』の経緯

本ブログ7月27日に『盧溝橋事件に関する中国共産党幹部の発言』なる記事を書いた。
要約すると「中華人民共和国」創立時の毛沢東、周恩来、鄧小平ら中国共産党幹部は決して反日的な発言をしていない。
むしろ「盧溝橋事件とそれに続く日支全面戦争は、自分たちが起こした」と堂々と公言している。

例えば、<毛沢東主席>――(佐々木更三社会党委員長等に)何も申し訳なく思うことはありません。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。みなさんの皇軍なしには、われわれが権力を奪取することは不可能だったのです。

だから、日本は中国を侵略したのではないということにはならない。中国共産党(あるいはコミンテルン?)の権謀術数・戦略に乗せられ中国に侵略したという誤った歴史をつくり大失策を犯した馬鹿な先人がいたことを私は悔やんでいるのである。犯人は「陸軍」と短絡的に言われるが、「朝日新聞」、「毎日新聞(大阪日日新聞)」等が侵略を焚き付け世論操作したことも原因として大きい。


中国共産党が反日に転じたのは何時のことか。遠藤誉(えんどうほまれ)氏が書いている。

1995年9月3日、江沢民国家主席のもとで、「抗日戦争勝利記念大会」が全国的な国家行事としてはじめて盛大に行われた。「世界反ファシスト戦争勝利記念大会」との位置付けであった。

江沢民が反日を推し進めた背景には彼の出自があるという。上海市長だった江沢民が国家主席に就任したのは1993年3月であった。江沢民の父は日中戦争時代日本の傀儡政権であった汪兆銘政権の「ジェスフィールド76(通称76号)」という特務機関の官吏だった。日本が敗けると叔父の中国共産党員の養子になったと偽り、共産党に入党。その出自を北京派閥が鄧小平に告げ口した。その過去を封印するために江沢民国家主席自身が自分は如何に『反日』であるかを人民に植え付けるために「反日」を声高に叫び出したのであった。

全国に「愛国主義教育基地」を次々と建設し、「抗日戦争遺跡」を愛国主義教育の学習要領に組み込んで、見学を義務付けた。かくして『反日的思考』が若い世代に醸成されて行った。インターネット空間で「反日運動」が爆発するに至り、ネットユーザーの前では共産党政権の対日強硬策は後戻りできなくなる。「反日」に逆らう者は「売国奴」「売国政府」と罵倒される。

江沢民国家主席の「反日」は我々が良く知るところであるが、そのきっかけが上述のように極めて個人的な出自にあったというのは歴史の悪戯としか言いようがない。教育により若い世代が「反日」に染まるのであるから、例え共産党政権が自由主義政権に代わっても、永い間『反日』は収まらず継続するであろう。

反日教育』による「反日」は韓国も同様である。日韓併合・戦争を経験した世代より、それを経験していない「反日」教育を受けた世代の方が遥かに「反日」である。90歳代の老人を「反日教育」された世代が殺した事件があった。殺人理由は老人の「体験に基づく親日」にあったという。洗脳教育を受けた世代が永続的に『反日』であり続けるのは悲しいことに中韓共通である。

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