江戸城天守再建に断固反対する

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                            三代家光が建てた寛永天守閣のコンピューターグラフィック復元図
                            現在、本丸公園に遺跡として残る天守台は、振袖火事で焼失後、
                            加賀藩前田家が構築したものである。

     江戸城天守再建に断固反対する

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みんなの党松沢成文議員(元神奈川県知事、衆議院議員)の参議院予算委員会(11月4日)での質問

江戸城天守閣を再建することは夢のあるプロジェクトである。すでにNPO法人が再建に向け活動している。東京は文化のない都市、江戸城跡に行っても天守閣・タワーがない。ランドマークとして木造建築として再建すれば、観光、経済効果、宮大工、石積など伝統技術の継承など非常に波及効果が大きい。

寛永の天守(三代家光建設)は図面もあるし、忠実に再現可能である。高さ59m、5層6階、容積で姫路城の3倍、大阪城の1.5倍の大規模なものである。建設費350億円、初年度経済波及効果1043億円、雇用誘発8240人など。東京には戦略特区がないが、国際戦略特区に指定したらどうか。

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安倍首相 表情は興味なさそう、というより内心は反対なのであろう
故郷の萩城再建は30年来の念願であるが進んでいない。小田原、駿府、高松城など各地域で10〜20くらいの再建計画があるようだし、木造でというのもある。それぞれ地方が主体で建設するのは良いことだ。


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下村博文 文部科学大臣 
江戸城は武家の徳川家が建設。徳川家のものであれば問題ないが。
天皇皇后両陛下がお住まいになっている。皇室は安寧・祈りの存在である。城郭は似合わない。
考えることが多い難しい問題だ。


松沢議員の反論で終わり。多少しつこい感じ。


<私見>
再建に絶対反対、 本ブログですでに述べている。
クリック→2013-03-28(19:03) : カテゴリ 明治元年(戊辰の年)

初代家康、二代秀忠、三代家光の代でそれぞれ天守を構築した。
四代家綱の代1657年に「振袖火事」で焼失したが、家綱の後見人であった『保科正之』が天守は遠くを見る物見櫓(やぐら)に過ぎないと再建しなかった。


水戸黄門は天下の副将軍ではなかったが、保科正之(会津藩主)は兄である三代家光に家綱を頼むと託された副将軍に相応しい存在であった。その保科正之が、隅田川に橋を架けるなど民政を重んじ、天守は再建しなかったのである。

:江戸幕府の政治を武断政治から文治政治へ180度転換したのが保科正之であった。武士の政治が始まって以来“つわもの(兵)”による“武断政治”であったが、武士道による“文治政治”により江戸時代を安全・安心・平和の世に導き、江戸を世界に例のない百万都市に発展させた知られざる名君が保科正之であった。

天守台しかないこと自体が、江戸時代の文化を象徴する文化遺産である。東京が世界に冠たる大都市に発展した礎(いしずえ)が文字通り“天守台”なのだ。そのまま大切に保存するのが平和国家日本のとるべき道である。
これを真似てこれ以降、焼失した城郭の天守が再建されることはなかったはずである。各藩が幕府の目を意識したというより、幕府の率先垂範を真似たのである。


本丸公園には天皇皇后両陛下の古果樹園など皇室関係の施設が多い。二の丸公園は昭和天皇の考えで植生の宝庫となり、一般公開されている。吹き上げ御所と濠で区切られ、一般公開されてはいるが皇居の一部である。

私には、文化を語ってはいるが、松沢成文議員が文化というものが分かっているのか疑問である。
たぶん、歴史を知らないのだろう。 経済一辺倒な感じがしてならない。


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一度松沢議員著の「甦れ!江戸城天守閣」を読んでみてはいかがですか?
結構面白いですし、考え方も変わってくると思いますよ!
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