従軍慰安婦という朝日新聞の虚報

DSC01376.jpg フジテレビ 新報道2001より

従軍慰安婦という朝日新聞の虚報 吉田清治の講演と著作

朝日新聞吉田清治の虚言を歴史的真実として報道をしたのは1982年9月2日が最初である。ようやくそれを取り消したのは2014年8月5日。実に31年11ヶ月28日の間嘘をつき続けた。

嘘の内容を時系列的に説明する

1982年(昭和57年)9月2日:朝日新聞大阪本社版が
吉田清治が 「体験したことだけをお話しします」と言って講演した〈朝鮮の女性 私も動員〉を真実として報道した。


吉田清治は昭和17年秋、山口県労務報告会下関支部動員部長に就任し、以後3年間、十数回にわたり朝鮮半島に行った。直接指揮して強制連行した朝鮮人は6千人、うち950人が従軍慰安婦だった。

朝鮮人慰安婦皇軍慰問女子挺身隊いう名で戦線に送り出した。
完全武装の日本兵10人同行、吉田の部下9人一斉突入、若い女性の手をねじ上げ路地に引き摺り出し、ホロのついたトラックに押し込む。兵士たちが集団暴行、ボタン工場の女子行員、アワビをとっていた若い海女を、連日「駆り出し」、船に積み込んだ。女性たちは廃人のようだった

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韓国済州島にて取材   フジテレビ【新報道2001】8月10日放映より

1983年(昭和58年):吉田清治 『私の戦争犯罪 ― 朝鮮人強制連行』(三一書房)を発刊
※1989年 (平成元年):同上書 韓国語訳出版



1983年(昭和58年)11月10日:朝日新聞東京版 「ひと」欄に清田治史記者
タイトル:〈朝鮮人を強制連行した謝罪碑を韓国に建てる吉田清治さん〉報道
全国から手紙や電話が相次いでいる。戦争加害の意識に悩んでいた人。『強制連行はじめて知りましたという中学3年生...』
「国家による人狩り、としかいいようのない徴用が、わずか30年で、歴史のヤミに葬られようとしている。戦争責任を明確にしない民族は、再び同じ過ちを繰り返すにではないでしょうか」



1991年(平成3年)5月22日 朝日新聞大阪版 井上裕雅編集委員
吉田清治講演録詳細
従軍慰安婦という制度 950人強制連行 占領直後の前線に、売春組織を陸・海軍のもとに設置したというのは世界史上にないそうです。これが太平洋戦争におけるもっとも大きな罪だと私は信じております。

韓国・朝鮮人の従軍慰安婦」の徴用=駆り出しのやり方
実行者が10人か15人、山口県から朝鮮半島に出張、その道の警察部を中心に総督府の警察官50人か100人を動員。警察官の護送トラックを5台から10台準備、計画通りに村を包囲し、突然若い女性を全部道路に追い出し包囲。木剣で殴る蹴るの暴力によってトラックに詰め込み、むらじゅうがパニックになっている中を、一村3人、5人、あるいは10人と連行主要都市の留置場に入れておき、100人、200人の人数をそろえ釜山まで運び、釜山から関釜連絡船で下関へ運んだ。下関の陸軍74部隊から、前線の軍属に渡し、ご用船で中国、南方へ送るという業務を3年間やっておりました。。


10万とも20万ともいわれる従軍慰安婦は、敗戦後、解放されてから郷里に一人もお帰りになっていないのです。連合軍は中国、その他の占領地でこの女性たちを」送還したのですが、女性たちはすべて郷里に帰らず、名前を変えて各地で生活しています。

私は戦犯の証人としてここに立って皆さまに伝える次第です。 


<意見>
8月5、6日、朝日新聞は上述の自社の報道を嘘であると朝日新聞紙上に掲載した

『従軍慰安婦』という言葉が発明されはじめて使われた。戦時中にはなかった言葉である
『10万人とも20万人ともいわれる従軍慰安婦』:朝日新聞は自国を貶める何という大きな嘘を世界中にばらまいたものだ。 『国家反逆罪』 
である。

会社を解散すべきだ。まず、経営者は総退陣すべきだ。
我々日本国民が簡単に実行できることは朝日新聞を買わないことだ。

今、国連から他民族に対する日本のヘイトスピーチを取り締まるべきという勧告がなされている。この問題が解決されれば自ずと鎮まると考える。その間、ヘイトスピーチをしたい向きは対象を『朝日新聞』にすべきだ。韓国も朝日新聞の被害者

つづく

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