湯田川温泉

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          湯田川温泉街  緑の幟は「孟宗まつり」  朝どり竹の子(筍)を売っていた  5月25日朝

湯田川温泉  山形県鶴岡市湯田川
吉永小百合がラジオで「湯田川温泉」にはじめて泊まったと語っていた。4月29日、羽黒山でロケしたとき泊まったらしい。羽黒山の五重塔石段、三神合祭殿のことを語り、湯田川温泉を語っていた。今、JR東日本「大人の休日倶楽部」のテレビCMとして流れている。

初夏にふさわしい旅を描いたCMです。
山形県:修験の山篇  クリック→<大人の休日倶楽部CM> (右のlリンク欄(最下欄)にもあります)
古くから山岳修験の山として知られ、今もなお信仰が息づく出羽三山のひとつ羽黒山。今回のCMでは、吉永さんが修験の道を訪れる旅を描いています。


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                                       隼人旅館  「新徴組」本部跡  5月25日朝  
さて、本題である
大学の同窓会を湯田川温泉でやった。
私は湯田川温泉に宿泊したことがなかったが楽しみにしていた。
一つは、戊辰戦争のとき、新徴組が滞在した名残を知ること。
一つは、藤沢周平こと小菅留治が唯一先生をやった地であり、その跡をたどること。


湯田川温泉の孟宗は庄内でもよく知られている。
孟宗のシーズンで、何種類もの孟宗料理が出たが、どれも美味しくいただいた。
私の生家にも孟宗の竹原(たけわら)があったが、湯田川の孟宗は皮が茶色でわが家や近隣の孟宗の皮は黒っぽいという違いがあるとおもっていた。おそらく、湯田川の孟宗は腐葉土の厚さが厚く太陽の直射日光を浴びる量が少ないため茶色っぽいのであろう。その分肉質が柔らかいといえるかも知れない。

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                                                       5月25日朝 撮影
新撰組一番隊組長・撃剣師範沖田総司の姉ミツが庄内藩にいたことは、何かで知っていたが、沖田家は新徴組として家族ごと庄内藩に来て、湯田川温泉に滞在し、この「隼人旅館」に泊まっていた。姉は「この温泉に入れば良くなるのに」と、江戸内藤新宿で労咳(結核)を病み療養中の弟総司に思いを馳せた。我々の宿の真向いが「隼人旅館」であった

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    左が、先生「藤沢周平」」の記念碑、右が藤沢周平の教え子「萬年慶一氏」が書いた「記念碑」発起文

藤沢周平記念碑文

右部   「赴任してはじめて、私はいつも日の暮
       れる丘のむこうにある村を見たのである」
            (『半生の記』)

左部   「花合歓(ねむ)や
        畦を溢るる 雨後の水


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               萬年慶一氏の「発起文」  萬年氏は藤沢周平教室の級長であった  5月25日朝

小菅先生に叱られた生徒は一人としていなかったと萬年慶一氏は語っている。作品に流れる「やさしさ」を思うとき、それは当然のことだと納得できる。先生の人格が高潔であるから生徒が叱られるようことにはならない。この人のような理想的な人格だけで世の中は構成されていないし、むしろこのような先生はまれであろう。そういう中で教育は継続され行われていく。そのような中で曲りなりにでも機能するようにするのが、世の中、世間というものであろう。

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