諏訪根自子 1

諏訪根自子

諏訪根自子 昭和14年 19 歳でパリ楽壇デビュー(サル・ド・ショパンにて)
右の写真はパリにおける恩師カメンスキー夫妻と (パリでは夫妻の家に居住)

  

 「美貌なれ昭和」 諏訪根自子と神風号の男たち 深田祐介
  (1983年10月30日刊 11月20日初版第1刷 購入) を読み返した。

諏訪根自子;大正9(1920)年1月23日~平成24(2012)年3月6日
        逝去が報じられたのは平成24年9月24日(亨年92歳)
飯沼正明 ;大正元年(1912)8月2日~昭和16年(1941年)12月11日

 同郷出身の大学の同窓生と会った。先輩が2名、同年卒1名、後輩2名、出席者合計6名。談論に丁度良い人数である。郷里の先人達に話が及ぶのは自然のなり行きであろう。話題が豊富な先輩の佐々木氏から、最近訃報が報じられた諏訪根自子の話が出た。私は「美貌なれ昭和」という諏訪根自子と飛行機乗りの小説を読んだことがあるのを思い出した。30年ほど前のことになる。後輩の佐藤氏の「百名山」を征した話の後であったこともあり、作者の名前が「深田…久弥…?」、名前の方が出てこないというより、深田という姓まで思い違いと錯覚する始末であった。作者は「アテンションプリーズ」の「深田祐介」である。

 諏訪根自子は庄内出身の両親が東京に出てから生まれたが、母親の諏訪滝は酒田女学校出身で声楽家を志すほど音楽に傾倒した人である。父順次郎は有島武郎など白樺派の作家、芸術家と親しく、クラシックレコードが当たり前にある家庭環境であった。根自子はカルーソー(テノール)、エルマン(ヴァイオリン)、ジンバリス(ヴァイオリン)などを胎教として聴き、また生まれてからも聴いたことになる。根自子がレコードに敏感に反応し、童謡を教えると音程、リズムをしっかりと歌いこなすのを発見して、滝は満3歳の根自子にヴァイオリンを習わせる。小野アンナ、白系ロシア人アレキサンドル・モギレフスキー二人の巨匠に師事し、11歳のとき「天才少女」と新聞に紹介されるにいたる。この二人のロシア人の巨匠の来日・在住は奇跡といわれるがロシア革命という政変による。


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