太田道潅の「山吹伝説」

DSC09489.jpg              「道潅濠」近くの「山吹の群生」

太田道潅の「山吹伝説」

太田道灌がはじめて「江戸城」を築城した名残として,「乾通り」に「道潅濠」があり、
道潅の「山吹伝説」に因み道潅濠のそばに「山吹が群生」し、今花盛りであった。


太田道灌:室町時代後期の人。1432年〜1486年8月25日 (永享4年〜文明18年7月26日)

江戸城築城
太田道潅は敵方の有力武将を抑えるため、江戸氏の領地であった武蔵国豊嶋郡に江戸城を築城した。
『永享記』には道灌が霊夢の告げによって江戸の地に城を築いたとある。
また、『関八州古戦録』には品川沖を航行していた道灌の舟に九城(このしろ)という魚が踊り入り、これを吉兆と喜び江戸に城を築くことを思い立ったという話になっている。


これらの霊異談は弱体化していた江戸氏を婉曲に退去させるための口実という説がある。
江戸城が完成したのは、長禄元年4月8日(1457年5月1日)であったと言い伝えられている。


DSC09496.jpg<                  「乾通り」の桜
 
山吹伝説
道灌が父を尋ねて越生の地に来た。突然のにわか雨に遭い農家で蓑を借りようと立ち寄った。
その時、娘が出てきて一輪の山吹の花を差し出した。道灌は、蓑を借りようとしたのに花を出され内心腹立たしかった。後でこの話を家臣にしたところ、それは後拾遺和歌集の「「七重八重 花は咲けども 山吹の実の一つだに なきぞ悲しき」の兼明親王の歌に掛けて、山間(やまあい)の茅葺きの家であり貧しく蓑(実の)ひとつ持ち合わせがないことを奥ゆかしく答えたのだと教わった。


古歌を知らなかった事を恥じて、それ以後道灌は歌道に励み、歌人としても名高くなったという。
豊島区高田の神田川に架かる面影橋の近くにも山吹の里の碑があり、1kmほど東へ行った新宿区内には山吹町の地名があり、伝説の地に比定されている。また、落語にこの故事をもとにした『道灌』という演目がある。


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