ヒッグス氏  南部陽一郎氏の助言が突破口

img_280738_10556966_1[1]  南部陽一郎

ヒッグス氏  南部氏の助言が突破口

天才南部陽一郎の凄さ  ここでは南部陽一郎を多く語りたい

米国に帰化したのは、群れるのが嫌いだからという

  新聞 ネット資料

ノーベル物理学賞受賞が決まったピーター・ヒッグス博士(84)が、物質に重さを与える粒子を提唱した当初、その理論は理解されなかった。落ち込むヒッグス氏に助言し論文を世に出したのは、米国で活躍していた理論物理学者の南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授(92)=2008年ノーベル物理学賞=であった。

ヒッグス氏の理論は、それより少し前に南部さんが提唱した「自発的対称性の破れ」という理論を発展させたものだった。南部さんは「ヒッグス氏の理論を誰も分からず、論文は最初(掲載を)蹴られていた。私は論文を見て、なるほど非常に自然なことだと思った」と振り返る。

1964年7月、ヒッグス氏は欧州合同原子核研究所(CERN)が発行する専門誌に論文を投稿したが却下された。落胆したが、翌月、新しい粒子が生まれることを明確に記した一文を加え、米物理学会誌に投稿し直した。その論文の審査を南部さんが担当した。
 
南部さんは論文を見て、未知の粒子の存在を予測して日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士(1907~81年)のことを思い出したという。「新しい現象の背後には、新しい粒子があるとする湯川さんのアイデアを踏襲していた。新しい粒子があっても悪くはない」と評価した。

同時期にベルギー・ブリュッセル自由大のフランソワ・アングレール名誉教授(80)らが、ほぼ同じ内容の論文を書き出版されていた。南部さんはアングレール氏らの論文にも言及するよう求めた。ヒッグス氏は論文で新粒子の存在を明記しており、ヒッグス粒子と呼ばれるようになった。

予言から半世紀。昨年、CERNがヒッグス粒子を発見し、標準理論は完成した。今回の受賞決定を、南部さんは「誠にめでたしめでたしだ。この実験には日本をはじめ各国の学者たちが参加しており、彼らにも祝意を申し上げる」とたたえた。

2008年にノーベル物理学賞を受賞した茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構の小林誠特別栄誉教授(69)は「今回受賞した研究の原点は南部陽一郎先生の理論。改めて先生の研究の重要性が認められ、大変うれしい」と満面の笑み。米シカゴ大の南部陽一郎名誉教授の功績に思いをはせた。

湯川秀樹湯川秀樹(1907-1981年) 1949(昭24)年ノーベル賞受賞

天才南部陽一郎の凄さ
現代素粒子論の基本は南部の天才から生まれた


この50年間の素粒子理論の研究のすべての面で先鞭をつけ、研究全体をリードしてきたのは南部陽一郎だそうだ。南部陽一郎の名を抜きにしては、現代の素粒子理論のどの面も語れないらしい。

ひも理論 ;クォークが多次元の「ひも」で結ばれているという「ひも理論」

色の量子力学 ;湯川秀樹の中間子理論を大きく進化させた「色の量子力学」

ヒッグス機構 ;素粒子の質量を決める理論である「ヒッグス機構」 

このどれを取っても最初の発端は南部のアイデアだという。


現在の素粒子論では陽子も中性子も素粒子ではなく、その三分の一のかけらに相当するクォークが素粒子であることが確定しているが、このクォークを考える決定的一歩になった「西島ゲルマンの公式」も、実は南部が西島和彦に与えたヒントが基礎になっていると言われているという。

つまり、南部は一人で「現代素粒子理論」の骨組みをつくったような人です。物理学者としての「仕事ぶり」= 「頭の働き」は、まさに「すごい」と言うしかない。


コメント
さかんにノーベル賞級の研究というが、この言葉に私は多少違和感を感ずる。ノーベル賞は確かに偉大な賞である。何故、偉大か? 受賞者が偉大だからである。私は山中伸弥教授が受賞したことでノーベル賞が間違いなく偉大な賞だと言ったが、南部陽一郎氏は危うく受賞し損なうところだった。受賞が遅すぎたのだ。南部陽一郎氏が受賞していることが、私のノーベル賞への評価を高めているのは確かだ。


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