イーハトーブ紀行6  釜石

DSC06103.jpg   「ひょっこりひょうたん島」の歌碑  鉄の歴史館 駐車場   2013年6月13日撮影

イーハトーブ紀行6  釜石

釜石は「鉄の町」である。

その前に、私には、小松、米沢、若柳、一ノ関、釜石、が一つの街道として思い浮かぶ。
「井上マス」と「井上ひさし」の母と子が通った街道で、この街道を舞台に母「井上マス」は「人生はガタゴト列車に乗って」を書き、息子の「井上ひさし」は、「ひょっこりひょうたん島」、「吉里吉里人」などを書いた。

DSC06102.jpg 「ひょっこりひょうたん島」の歌碑(拡大)   鉄の歴史館 駐車場  2013年6月13日撮影

始発の小松町は井上ひさしが生まれたところ、小松座の名はこれに由来する。「吉里吉里」は釜石市の北に隣接する大槌町の地名であるが、小説「吉里吉里人」の舞台は一ノ関の南、宮城県北の町若柳付近である。若柳が「あまちゃん」の脚本家、宮藤官九郎のふるさとであることはすでに述べた。
 http://tsujiandon41.blog.fc2.com/blog-category-41.html


DSC06037.jpg  蒸気機関車 C20型9号機  鉄の歴史館 駐車場  2013年6月13日撮影
釜石製鉄所専用線で1933(昭和8)年から使われていた日本車輌製蒸気機関車

一ノ関で途中下車し、堤防工事の飯場を営んだが、貧しくて養えないため、ひさしは仙台の施設にあずけられた。中学生であった。孤児院から仙台第一高等学校へ通学した時代を『青葉繁れる』に半自伝的に書いている。上智大学文学部に入学したが、生活費も底をついたため2年間休学して岩手県の国立釜石療養所の事務職員となる。結局はひさしも終着駅釜石まで母につき合ったことになったのだ。そしてそれが後に名作を残すひとつのよりどころとなるのである。

DSC06035.jpg  鉄鉱石  磁鉄鉱 Magnetite  釜石鉱山産

鉄の歴史館  釜石と鉄の歴史
1727年(享保12)年、盛岡藩の阿部友之進が釜石の西方(大橋)で磁鉄鉱を発見。しかし藩は採掘禁止としました。1856(安政3)年。水戸藩の要請で反射炉の操業に成功した大島高任が、その翌年、南部藩の許可を得て、釜石に洋式高炉を築造。大橋産の良質な磁鉄鉱を使って、日本で始めて鉄鋼の製造に成功しました。安政4年12月1日は日本における近代製鉄の幕開け。鉄の記念日として今に伝えられています。
(鉄の歴史館ホームページより)


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