カルボナード島越駅  イーハトーブ紀行5

DSC06564.jpg   駅名の由来 詩碑の左側部分 2013年6月18日撮影  (写真をクリックすると拡大され読みやすくなります)

カルボナード島越駅

三陸鉄道北リアス線は、明治以降でも大きな津波を3回経験した。そのため線路は山側のできるだけ高い位置に敷設されたが、それでも海に近い駅がいくつかあり、そのひとつが田野畑駅の南の島越(しまのこし)である。コンクリート高架上のホーム標高は13.5mであった。

島越駅は何もかも流されたが、駅前広場にある宮沢賢治の詩「発動機船 第二」の石碑だけが残された。昔の面影はなく、殺風景な中で急ピッチに工事を進める重機の音が「発動機船」の音に代わり鳴り響いていた。  

799px-Shimanokoshi-Station[1]   ありし日のカルボナード島越駅


発動機船 第二   宮沢賢治
   
   船長は一人の手下を従へて
   手を腰にあて
   たうたうたうたう尖ったくらいラッパを吹く
   さっき一点赤いあかりをふってゐた
   その崖上の望楼にむかひ
   さながら挑戦の姿勢をとって
   つゞけて鉛のラッパを吹き
   たうたうたうたう
   月のあかりに鳴らすのは
   スタンレーの探険隊に
   丘の上から演説した
   二人のコンゴー土人のやう
   崖には何かひばか竹かゞ
   凍えたやうにばしゃばしゃ生えて
   波は青じろい焔をあげて
   その崖裾の岩を噛み
   船のまはりも明るくて
   青じろい岩層も見えれば
   まっ黒な藻の群落も手にとるばかり

   いきなり崖のま下から
   一隻伝馬がすべってくる
   船長はぴたとラッパをとめ
   そこらの水はゆらゆらゆれて
   何かをかしな燐光を出し
   近づいて来る伝馬には
   木ぼりのやうな巨きな人が
   十人ちかく乗ってゐる
   ここまでわづか三十間を
   ひるもみんなで漕いだのだから
   夜もみんなで漕ぐのだとでも云ひさうに
   声をそろへて漕いでくる
   船長は手をそっちに出し
   うしろの部下はいつか二人になってゐる

   たちまち船は櫓をおさめ
   そこらの波をゆらゆら燃した
   たうたうこっちにつきあたる
   へさきの二人が両手を添へて
   鉛いろした樽を出す
   こっちは三人 それをかゝへて甲板にとり
   も一つそれをかゝえてとれば
   向ふの残りの九人の影は
   もうほんものの石彫のやう
   じっとうごかず座ってゐた
   どこを見るのかわからない
   船長は銀貨をわたし
   エンヂンはまたぽつぽつ云ふ
   沖はいちめんまっ白で
   シリウスの上では
   一つの氷雲がしづかに溶け
   水平線のま上では
   乱積雲の一むらが
   水の向ふのかなしみを
   わづかに甘く咀嚼する
 

※詩碑には紫色の部分、11行+6行、が省略されている。

1[1]
 「発動機船 第二」の詩碑

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