吉村昭 1


 プロローグの詩の4、5行目
 
 真摯に謙虚に評価すれば原発事故を防ぐに十分な叡知の蓄積があった
 日本書紀、三代実録、地域の記憶、吉村昭、それから大学の研究等々


 日本の叡知として、作家吉村昭を他の4つと並列に書いた。吉村昭は被災地生存者の体験談を収集し、埋もれた資料を発掘することで、地域の記憶を掘り起こし、事実をそのまま淡々と書いた。

 吉村昭の地震・津波に関する著作は

 「三陸海岸大津波 (「海の壁」を改題) 1970年7月刊
1896年(明治29年) M(マグニチュード)8.2~8.5 死者行方不明;約2万2千人、
1933年(昭和8年)  M8.1 死者行方不明;3,064人
1960年(昭和35年)(チリ地震津波) M9.5 死者行方不明;  142人


 「関東大震災」 1973年8月刊
1923年(大正12年)9月1日11時58分  M7・9 
死者・行方不明計;10万5,385人 東京府;7万387人。
関東大震災は火災による大災害である。

 <特記事項> 火災(発火)の原因は、定説(俗説)では、昼食の準備をしている時間帯に大震災が起きたので七輪など炊事の火が発火原因とされる。しかし、調査によると工場、学校、薬品会社などの薬品の落下が主な原因であるという。調理の火が原因なのは天ぷら屋の1件のみらしい。
 

 つづく


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