吉田昌郎福島第一原発元所長 死去

吉田昌郎福島第一原発元所長 死去   原発事故、現場指揮、核心語らず 

                                        東京新聞 産経新聞 読売新聞 NHK など

東京電力福島第一原発事故の発生直後から現場指揮を執った元所長の吉田昌郎(よしだまさお)氏が9日午前11時32分、食道がんのため東京都内の病院で死去した。58歳。

東電によると、吉田氏は事故後に70ミリシーベルトを被ばくした。緊急時被ばくの上限だった250(通常時100)ミリシーベルトの範囲内で、東電は食道がんと被ばくの関連は極めて低いと説明している。


NHK
すべての電源が失われる中で、吉田元所長は、福島第一原発の複数の原子炉で同時に起きた事故の対応に当たったが、結果として1号機から3号機でメルトダウンが起きて被害を防ぐことはできなかった。

産経
所長として事故収束の陣頭指揮を取り、大惨事に身をなげうった。頭でっかちの技術屋ではなく、厚い人望で作業員をまとめ上げる現場に強い男だった。

「これから海水注入中断を指示するが、絶対に注水をやめるな」。同年年3月12日、水素爆発した1号機への海水注入をめぐり、「首相の了解がない」と中断を求めた本店に反し、小声で作業員にこう伝え、自らの判断で事態の悪化を防いだ。

そんな過酷な現場に向かっていく部下や協力会社の作業員には「感謝」を超えた特別な思いがあった。
「放射能がある現場に何回も行ってくれた同僚たちがいる。私は見てただけ。部下は地獄の中の菩薩だった」。
昨年8月、福島市で開かれたシンポジウムにビデオ出演し、こう語っている。

一方、政府の事故調査・検証委員会は震災前の原子力設備管理部長時代、防潮堤など津波対策を先送りしたと指摘している。


東京新聞
なぜ最悪レベルの事故に発展してしまったのか、所長として多くを知るのに、公式の取材には2011年11月12日に1回応じただけだった。取材時間はわずか15分ほど。
同席した細野豪志原発事故担当相=当時=が質問を遮る場面もあり、詳細は聞けなかった。

民主党の細野幹事長は「民主党の星」らしいし、原発事故担当相として評価されていたように思うが、私は全然評価していない。 テレビ映像ではいつも妙に気張っているように見える。  

吉田氏は政府事故調の聴取に応じ、事故対応のほか、原子力設備管理部長だった08年に福島第一原発を巨大津波が襲う可能性があると試算していたのに、対策を取らなかった経緯も説明した。しかし、聴取記録は公表されていない。

この大津波対策こそ期待したかった。
2008年時点では解ろうとすれば理解できた筈なのだが。
 


関係者の談話
管元首相、被災地首長の個人談話がある。

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