白川方明日銀総裁就任前後の政局

バーナンキと白川 バーナンキFRB議長と白川日銀総裁  格違いの並び

白川方明日銀総裁就任前後の政局

リーマンショック前後に日本の政局は混乱し、日銀総裁人事にごたごたがあったことを記憶している。参議院で自民党政府の人事案が民主党(野党)に繰り返し否決され、どさくさにまぎれて副総裁から就任したのが白川方明日銀総裁であった。日銀は、米、欧、韓国並みの当たり前の対応が出来ず、日本の輸出産業が超円高という大きなハンディ―を背負い、国内産業の空洞化に拍車がかかった。案の定、日本は大きな付けを遺すことになったのだ。今、経過をたどり反省することが重要である。

経過
2007年9月26日;福田康夫内閣発足

2008年3月20日:白川方明が日本銀行副総裁 兼 総裁代行に就任
2008年4月 9日:白川方明が日本銀行総裁に就任

2008年9月15日:リーマンショック;世界的な金融危機へ連鎖
      日経平均株価大暴落: 9月12日;12,214円 → 10月28日;6,994.90円に下落


2008年9月24日: 福田康夫内閣 → 麻生内閣 (リーマンショックと首相交代がほぼ同時)   
2009年9月16日: (鳩山由紀夫内閣)~2012年12月26日(野田内閣):民主党政権 
2012年12月26日:安倍晋三内閣発足;リーマンショックからの脱却


白川方明日銀総裁就任の顛末

2008年3月20日:日本銀行副総裁兼総裁代行に就任した。
政府が国会に提示した武藤敏郎(日銀副総裁)及び田波耕治(国際協力銀行総裁)の総裁人事案は野党が多数を占める参議院で否決され、3月19日で総裁を退任した福井が3月20日付で副総裁に就任する白川を「総裁代行」に指名した。これにより、白川は副総裁就任と同時に日本銀行総裁職務代行者となった。

白川方明は副総裁就任後、直ちに総裁職の代行を務めたが、日銀総裁の空席による総裁代行の立場が長期間続くと、総裁代行という立場では内外の経済問題への対処が難しくなる恐れが指摘された。

モルガン・スタンレー証券のロバート・フェルドマン経済研究主席は、日銀総裁人事などの重要案件には「開かれた議論」が望ましいと主張し、中央銀行マン・官僚・財界人ら19人を「マクロ経済学と独立性」「政策決定機関のトップをつとめた経験」「国内外のネットワーク」の3指標で採点した結果を「次期日銀総裁 -- 候補者を比較する」と題する調査報告書として発表した。

最も評価が高かったのは、小泉純一郎内閣で経済財政担当相や金融相などを歴任した竹中平蔵と日銀出身で金融研究所所長や経済協力開発機構(OECD)の副事務総長を務めた重原久美春で、武藤は「マクロ経済学と独立性」で17位、ほかの二つの基準で18位にとどまり、田波はいずれの基準でも最下位であった。こうして特に海外では重原の日銀総裁就任を待望する声が高まったが、結局、既に総裁職務代行者であった白川が国会の同意を得て2008年4月9日に第30代日銀総裁に就任した。日銀総裁空白期間は20日間であった。

政局が日銀総裁人事を誤らせ、日本は大きな経済的損失を被った。
白川は、総裁の器ではなかった。ネジレ国会のツケは大きかった。

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