平川一臣教授 in 宮沢賢治の音楽会

  ~3・11との協奏曲~  (NHKBS3 2011年10月29日放映)

 賢治が亡くなる半年前、昭和三陸津波が襲来した。そのとき病の床の賢治が友人に宛てた便り。「この度はわざわざお見舞をありがたう存じます。被害は津波によるもの最多く海岸は実に悲惨です。私共の方野原は何事もありません。・・・。まづは取急ぎお礼乍ら。」

 場面は転じて、三陸宮古の海岸。海面から17mの高さでスコップとハンマー、ナイフなどで地層を削り、平川一臣北海道大学特認教授が明治三陸津波と昭和三陸津波の砂層に挟まれた3~10mmほどの薄い層を示す。この有機物が多い黒い地層が賢治が生きたわずか30数年の時代ですと説明する。そうだ、平川教授の説明通り、賢治はピッタリ明治三陸津波と昭和三陸津波の間37年間を生きたのだ。さらに、上方を示し、賢治が亡くなって77年後の今回の津波は30mまで遡上したと説明する。

 私は、土を愛し、石を愛し、鉱物、結晶を、星を、銀河を、宇宙を愛した宮沢賢治の音楽会のプロローグとしてこれほど相応しい語りがあろうかと感動した。平川教授が賢治の面影と重なり、さらに大きな感動を覚えた。

○明治29年(1896年)6月15日 明治三陸津波襲来、 8月27日 宮沢賢治誕生
○昭和 8年(1933年)3月 3日 昭和三陸津波襲来、 9月21日 宮沢賢治逝去


 星めぐりの歌  宮沢賢治作詞・作曲

 あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲の  つばさ
 あをいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。

 オリオンは高く うたひ
 つゆとしもとを おとす、
 アンドロメダの くもは
 さかなもくちの かたち。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊のひたいの うへは
 そらのめぐりの めあて。

 賢治は20数曲作曲したというがこの曲は私にもなじみの代表作である。

 本音楽会では、この曲をチェロ奏者藤原真理が盛岡高等農林学校本館(現岩手大学資料館)で演奏した。また細野晴臣が歌った。作曲家でシンセサイザー奏者富田薫「いいメロディーですね。やっぱり花巻ですかね。これは。」

 一青窈は賢治の影響で詩を書くようになったという。賢治の詩「たかなし」を朗読し,歌っている。賢治の後のイーハトーブの子ら、花巻小学校、花巻農業高校、岩手大学の児童、生徒、学生達が賢治を歌う。。

※リンクの「星めぐりの歌」をクリックすると女優田中裕子の歌が聴けます。8月25日に封切られたばかりの映画「あなたへ」で歌っている歌らしい。主演 高倉健 田中裕子 高倉健の久しぶりの映画。

 
2013年7月24日;「星めぐりの歌」ですが、最近、演奏が代わったようです。

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