今、モンテディオ山形が楽しい

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今、モンテディオ山形が楽しい

可能性があることは楽しいことだ
今、モンテディオ山形が楽しい

モンテディオ山形は
天皇杯決勝に進出している
J1昇格のプレーオフ初戦に勝ち、J1昇格争いの真っただ中にいる
J1昇格と天皇杯優勝 可能性が二つもあるのだ


天皇杯決勝に進出
天皇杯準決勝ではジェフユナイテッド千葉を3対2で下した

決勝の対戦カード
対 ガンバ大阪
2014年12月13日(土)14:00キックオフ
会場:日産スタジアム(横浜)
※天皇杯決勝は国立競技場が使えないため横浜で、元旦でなく12月13日


J1昇格のプレーオフ
J1昇格のプレーオフ初戦では、まさかのJ2降格といわれた名門ジュビロ磐田に2対1で勝った
引き分けは上位のジュビロ磐田(4位)の決勝進出になるが
6位のモンテディオ山形が1対1からロスタイムの劇的得点で勝利

ジュビロ磐田がヤマハの時代、ヤマハの山本昌邦氏がモンテディオ山形の前身NEC鶴岡に指導にきた
その所為かどうか大事な試合にはジュビロ磐田には勝たせてもらっているという鮮明な記憶がある

J1昇格プレーオフ決勝
モンテディオ山形(6位) vs ジェフユナイテッド千葉(3位).
12月7日15:30キックオフ  味の素スタジアム(中立地で1試合)
ジェフユナイテッド千葉には天皇杯準決勝3対2で勝利しているが果してどうなるか
勝てばJ1!  J1にあと1勝!

今、モンテディオ山形が楽しい

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恐竜大発掘  出るか!? 日本初の完全骨格

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恐竜大発掘  出るか!? 日本初の完全骨格
      NHKBS サイエンスZERO 2014年11月23日(日)放映

北海道むかわ町立穂別博物館北海道大学の共同調査
調査団を指揮するのは小林快次北大准教授(42歳)

小林快次(こばやしよしつぐ);北海道大学総合博物館准教授。福井県出身。ワイオミング大学地質地学物理学科を飛び級で学士優秀賞を取得。ダラスのサザンメソジスト大学の大学院で日本人初の恐竜の博士号を取得。世界をリードする33人の古生物学者”と称される。

むかわ町の穂別地区は内陸に位置し、アンモナイト化石が産する夕張市と隣接、中生代白亜紀(1億4500万年〜6600万年前)の地層が分布する。海岸側の鵡川町と山側の穂別町が合併したのがむかわ町。
むかわ町の太平洋岸は「シシャモ」漁で有名。ノーベル化学賞を授賞した『鈴木章北大名誉教授』の出身地である。夏に行ったときシシャモ漁がシーズンオフのため、鈴木章教授の弟さんが経営する店で干物を買った。驚くほど美味で口の中でしゃぶり長く楽しめ得した感じであった。


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                                           恐竜のしっぽ(椎体(すいたい))の化石

7年前、崖から恐竜のしっぽ(椎体(すいたい))の化石が見つかっていた。その後も大きな化石が見つかった。何の化石か不明のまま保存されていたが、小林快次氏により恐竜の椎体骨であることが明らかにされた。採取した崖は分かっている。このしっぽに継続する部位(本体)が崖の内側にあるのか外側に存在するのかが問題であった。

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                                恐竜の本体は図のように崖の内部か?あるいは外部か?

2012年5月、予備調査を行い、これまでより大きな径の椎体が崖の表面に近いところから見つかった。恐竜の全身は崖の内部につながって存在することが推定された。周囲の地層は海成泥岩層である。

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               記者会見で発表する小林快次(こばやしよしつぐ)北海道大学総合博物館准教授

先月、2014年10月10日、頭骨が見つかったと発表された。これにより「ハドロサウルス科」の恐竜であることが明らかになった。7200万年前に生息し、大腿骨の大きさより、体長8m、体重7.2トンと推定されている。

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                                                   ハドロサウルス科の恐竜

ハドロサウルス科の恐竜は寒い所から暖かいところ、北極から南極地域まで広く分布する。植物を食べるスペシャリストで裸子植物から消化しにくい被子植物に変わる時代に適応した。食べにくくなった植物をよく摺り切り栄養分を取り込むことができた(小林快次の説明)。

※ハドロサウルス科(Hadrosauridae) は中生代白亜紀の北半球に繁栄した恐竜の分類群である。鳥盤目 - 鳥脚亜目に属し、分類学においては科の階級が与えられている。カモノハシ恐竜、カモハシ竜としても知られ、鴨のように長く平たい口吻部が特徴的な草食恐竜が属する。(ウィキペディア、小林快次氏の説明と一致しない部分があるのは古い学説のままの部分があるからだろう)

フィールドから持ち帰った資料のクリーニングなどの作業は一部が終わっただけでこれからであるという。全身骨格の組み立てが終了するのを楽しみに待ちたい。


<私見」>
小林快次准教授は精悍で研ぎ澄まされた感じである。贅肉はなくまるでプロのスポーツ選手のようだ。フィールドを持ち、フィールドで汗をかいているためであろうか? それだけではないであろう。 はつらつとした表情と生き生きとした目、出てくる言葉は才気に満ちて適切である。この分野でも日本に凄い科学者がいることに誇りを感じた。少年少女たちにはもちろん大人にも夢を与えてくれる存在である。



アベノミクス解散

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                                       浜田宏一内閣官房参与  この人にもっと忠実に
アベノミクス解散

今日、2014年11月21日、安倍晋三首相が衆義院を解散した。
安倍首相は“アベノミクス”を軌道に乗せるため、8%から10%への消費税率引き上げを18カ月延期した。
自ら“アベノミクス解散”と名付け、経済政策の賛否を問うという。

大義なき解散、600〜700億円に及ぶ選挙経費がもったいないなどという批判が、野党、メデイア、選挙民(世論調査)からあいついでいる。ならば、主たる本当の解散理由は何であろうか? 

私は自民党の党内対策だと思う。
麻生太郎副総理・財務大臣は消費税を10%にあげるのは既定路線とばかり五月蠅かった。
谷垣禎一幹事長も自公民三党合意のときの自民党総裁で、増税は当然とばかりの言いようであった。
また、谷垣禎一、二階俊博(総務会長)が党役員に就任したとき、増税路線が確定したと報道された。


今年4月の8%増税のときも、安倍首相は増税に慎重だった。
増税する気がないのではないか、と財務省のトラの穴の中で麻生財務相は蒼くなったほどだ。
各界の知識人に打診したところ経済学者や財界などにも8%増税賛成論者が多かった。
しかし、振り返ればデフレ脱却のためには消費税の3%増税の重石は重過ぎた。


日本の経済運営は下手糞で間違いだらけであった。三重野日銀総裁(平成元年(1989年)12月‐平成 6年12月16日)はバブルをつぶすのに必死で慌てすぎた。リーマンショックの対応が最もまずかったのは日本であった。ねじれ国会のどさくさに紛れ白川方明が日銀総裁(2008年4月9日 – 2013年3月19日)に就任したのは日本にとって悲劇であった。これらの失敗を積分すると日本は何百兆円の損失を受けたのか計り知れない。国の借金1000兆円と資産600兆円の差400兆円を補って余りあるほどの損失であろう。問題の選挙費用(600億円)はこの4桁も下の数字に過ぎない。

長期的な視点に立つと、安倍首相黒田東彦日銀総裁浜田宏一内閣官房参与(2012年12月就任)がタッグを組むアベノミクスに期待するのが今の日本のとるべき道である。今の野党には力がない。ここで述べたような長期的視点はなく、2年間だけの実績に基づく短絡的な狭い視野の批判だけである。アベノミクスの敵はむしろ自民党内の経済音痴たちである。党内で権力を持ち続けることがアベノミクス実現にとって重要である。


庄内藩の「明治元年(戊辰)戦争」

庄内藩の「明治元年(戊辰)戦争」
  <明治元年は荒ぶる年であった。 本稿はある会報誌に800字以内という制限で投稿したもの>

新撰組一番隊組長「沖田総司」の姉ミツが庄内藩鶴ヶ岡城に近い湯田川温泉「新徴組」本部「隼人旅館」に逗留していた。戊申の年、すなわち明治元年(慶応4年、1868年)のことである。徳川幕府と戦いたい薩摩藩々士が放火・強盗などを繰り返し、江戸を混乱に陥れていたが、庄内藩の配下で江戸市中取り締まりをしていたのが「新徴組」であった。

  鳥羽伏見の戦い (明治元年1月2日)」 「江戸城無血開城 (4月11日)」のあと、薩長新政府軍による会津藩攻撃開始が4月19日。 4月23日には最上川上流から庄内藩を奇襲した。庄内藩の天才「酒井吉之亟」は一日でこれを撃退し、今の国道13号線(内陸、そば街道)沿いと国道7号線(海岸)沿いに秋田藩領内の薩長軍を攻めた。「イモ(薩摩)もオハギ(長州)も好物だ」と連戦連勝であった。会津城陥落が間もないという情報を得て(9月16日)巧みな戦術で無傷で庄内領に撤退した。 

  hagunsitiseiki[1]  破軍星旗 酒井吉之亟が指揮した庄内藩二番大隊の軍旗

9月22日会津若松が落城し、3日後の25日庄内藩は自領に薩長軍を一歩も入れないまま降伏・講和した。
西郷隆盛
の意向で戦後処理が穏便になされた。庄内藩は西郷を尊敬し、鶴岡市「致道博物館」の西郷関係の資料は非常に充実している。   
 
酒井吉之亟(玄蕃、ときに26歳)は鬼玄蕃と恐れられたが、性格は温和で慈悲深かった。会津戦線の薩長軍は、白虎隊などの死体の埋葬を禁じ、さらしものにし、恨みを後世に残したが、玄蕃は乱暴狼藉を厳しく戒め、敵兵の死骸も手厚く埋葬した。

鶴岡市在住の直木賞作家「佐藤賢一」が小説『新徴組』(新潮社)を書いている。一読をお薦めするとともに、映画化され、明治元年という年のあまり知られていない歴史が広く再認識されることを望んでいる。
今年5月、大学の同窓会で湯田川温泉に宿泊した。「隼人旅館」の真向いの宿であった。明治元年が最近であることを実感した。



江戸城天守再建に断固反対する

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                            三代家光が建てた寛永天守閣のコンピューターグラフィック復元図
                            現在、本丸公園に遺跡として残る天守台は、振袖火事で焼失後、
                            加賀藩前田家が構築したものである。

     江戸城天守再建に断固反対する

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みんなの党松沢成文議員(元神奈川県知事、衆議院議員)の参議院予算委員会(11月4日)での質問

江戸城天守閣を再建することは夢のあるプロジェクトである。すでにNPO法人が再建に向け活動している。東京は文化のない都市、江戸城跡に行っても天守閣・タワーがない。ランドマークとして木造建築として再建すれば、観光、経済効果、宮大工、石積など伝統技術の継承など非常に波及効果が大きい。

寛永の天守(三代家光建設)は図面もあるし、忠実に再現可能である。高さ59m、5層6階、容積で姫路城の3倍、大阪城の1.5倍の大規模なものである。建設費350億円、初年度経済波及効果1043億円、雇用誘発8240人など。東京には戦略特区がないが、国際戦略特区に指定したらどうか。

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安倍首相 表情は興味なさそう、というより内心は反対なのであろう
故郷の萩城再建は30年来の念願であるが進んでいない。小田原、駿府、高松城など各地域で10〜20くらいの再建計画があるようだし、木造でというのもある。それぞれ地方が主体で建設するのは良いことだ。


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下村博文 文部科学大臣 
江戸城は武家の徳川家が建設。徳川家のものであれば問題ないが。
天皇皇后両陛下がお住まいになっている。皇室は安寧・祈りの存在である。城郭は似合わない。
考えることが多い難しい問題だ。


松沢議員の反論で終わり。多少しつこい感じ。


<私見>
再建に絶対反対、 本ブログですでに述べている。
クリック→2013-03-28(19:03) : カテゴリ 明治元年(戊辰の年)

初代家康、二代秀忠、三代家光の代でそれぞれ天守を構築した。
四代家綱の代1657年に「振袖火事」で焼失したが、家綱の後見人であった『保科正之』が天守は遠くを見る物見櫓(やぐら)に過ぎないと再建しなかった。


水戸黄門は天下の副将軍ではなかったが、保科正之(会津藩主)は兄である三代家光に家綱を頼むと託された副将軍に相応しい存在であった。その保科正之が、隅田川に橋を架けるなど民政を重んじ、天守は再建しなかったのである。

:江戸幕府の政治を武断政治から文治政治へ180度転換したのが保科正之であった。武士の政治が始まって以来“つわもの(兵)”による“武断政治”であったが、武士道による“文治政治”により江戸時代を安全・安心・平和の世に導き、江戸を世界に例のない百万都市に発展させた知られざる名君が保科正之であった。

天守台しかないこと自体が、江戸時代の文化を象徴する文化遺産である。東京が世界に冠たる大都市に発展した礎(いしずえ)が文字通り“天守台”なのだ。そのまま大切に保存するのが平和国家日本のとるべき道である。
これを真似てこれ以降、焼失した城郭の天守が再建されることはなかったはずである。各藩が幕府の目を意識したというより、幕府の率先垂範を真似たのである。


本丸公園には天皇皇后両陛下の古果樹園など皇室関係の施設が多い。二の丸公園は昭和天皇の考えで植生の宝庫となり、一般公開されている。吹き上げ御所と濠で区切られ、一般公開されてはいるが皇居の一部である。

私には、文化を語ってはいるが、松沢成文議員が文化というものが分かっているのか疑問である。
たぶん、歴史を知らないのだろう。 経済一辺倒な感じがしてならない。


『電力固定価格買い取り制度』の破綻

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                                          水田の向こうのソーラーパネル群 岩手県

『電力固定価格買い取り制度』の破綻

私の顔を見たくなければ、早く成立させてほしい」。3年前、菅直人首相が、退陣を受け入れる代償にあげるほど熱心だった『再生エネルギー特別措置法案』。電力会社に、固定価格で太陽光、地熱、風力など再生可能エネルギーの買取りを義務づけた。

本ブログでは繰り返し買い取り価格が高すぎると批判してきた。『再生可能エネルギー』という『美名』に酔っては国家が成り立たない。心配した通りやはり申し込みが殺到した。電力の価格は日本の国際競争力、すなわち国力にかかわる。殺到したのは太陽光発電である。太陽光の場合、昼間だけの発電、それも天候に左右される。電力は貯蔵が難しい。貯蔵には揚水発電、蓄電設備など膨大な投資が必要である。送電設備瞬間最大値に合わせる必要があり、過剰な投資が必要だ。

蓄電技術が進歩しているから投資すればよいという意見の報道を見た。尤もらしく聞こえるが、高い電力を買う上に、国力を傾けるほどの投資が必要で、日本国家が成り立たない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。評論家は何を言っても構わないが、マスコミには取り上げない選択能力が必要だ。

九州電力からはじまりこの制度が破綻した。
北海道電力にも孫正義氏に関連して破綻の予兆があった。

マスコミは批判しているが私はほっとしている。
菅直人という駄目な首相のやけっぱち政策がやはり破綻したのだからほっとしている。


※右カテゴリ欄の<科学技術ー太陽光発電>をクリックし、古い順に読み直していただくと経緯が解ります。


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 辻 幸弥 (つじこうや)

Author: 辻 幸弥 (つじこうや)
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