チャールズ・バカンティ ハーバー ド大学教授

STAP細胞問題メモ
チャールズ・バカンティ ハーバー ド大学教授 


STAP細胞関連の言動  : 『ウィキペディア(Wikipedia)』
バカンティは、理化学研究所の小保方晴子の研究チームによって開発された刺激惹起性多能性獲得細胞(STAP細胞)の共同研究者であり、ネイチャーに発表された論文の共同執筆者である。バカンティは、生物の成体に極めて少数存在する小さなサイズの細胞が、眠っている多能性細胞ではないかとの仮説を提唱している。


小保方晴子は、この仮説を検証する過程で、細胞が刺激によって多能性細胞に変化することに気づきSTAP細胞を開発した。しかし、バカンティは小保方晴子について「彼女がいなければ、STAP細胞の研究の発表はずっと先にまでずれこんでいただろう」と述べており、STAP細胞はバカンティ自身の研究であり、小保方晴子はあくまでその協力者との立場をとっている。

2014年2月5日、バカンティのチームはヒトの新生児の皮膚線維芽細胞から作成したSTAP細胞の可能性がある細胞の写真を公表した。

その後、日本でSTAP細胞の論文を巡りデータや画像に不自然な点があった問題が発生し、3月14日に共同執筆者が論文の取り下げに同意したことに関し、バカンティは「論文に提示されたデータが正しくないという説得力のある証拠がない限りは、論文を撤回すべきではない」とコメントし、論文の取り下げに反対している。

2014年3月20日、Vacanti教授は、新しいプロトコール(実験計画)を発表した。


STAP細胞の特許に書かれた発明者と順序

VACANTI, Charles A.; (US). (チャールズ・バカンティ教授)
VACANTI, Martin P.; (US).(チャールズ・バカンティの弟)
KOJIMA, Koji; (US).(小島宏司、ハーバード大学准教授)
OBOKATA, Haruko; (JP)(小保方晴子)
WAKAYAMA, Teruhiko; (JP).
SASAI, Yoshiki; (JP).
YAMATO, Masayuki; (JP


OBOKATA, Haruko; (JP) (小保方晴子)は4番目の発明者


小保方晴子氏経歴
2006年3月 早稲田大学理工学部応用化学科卒業(東京湾の微生物の研究)
2006年4月 早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻常田研究室に進学。
       東京女子医科大学先端生命医科学研究所研修生として
       のちに論文の共著者となる大和雅之東京女子医科大学教授の指導の下、
       医工融合研究教育拠点である先端生命医科学センター (TWIns) にて
       再生医療の研究を開始。
2008年 早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻修士課程修了
       早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻博士課程に進学。


2008年 2年間、ハーバード大学医学部のチャールズ・バカンティ教授の
       研究室に留学
。(21世紀COEプログラム)
2010年 STAP細胞の論文をNatureに投稿。しかし採用されなかった。 当時理化学研究所のチームリーダーだった若山照彦(後に 山梨大学教授)の協力を仰いだ。
2011年3月 早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻博士課程修了。 博士(工学)(早稲田大学)。 学位論文「三胚葉由来組織に共通した万能性体性幹細胞の探索」。


2011年 理化学研究所研究員
2013年 理化学研究所・発生・再生科学総合研究センター・ 細胞リプログラミング研究ユニット・ユニットリーダー。 (笹井芳樹副センター長の推薦)
2014年1月28日 理化学研究所で開かれた記者会見の場でSTAP細胞が 発表され、『Nature』誌2014年1月30日号に論文が掲載された。


<コメント>
自然科学の研究は個人のオリジナリティーとともに、研究が高度化、大規模化し、組織的な人と人との繋がりも重要であろう。国内でも高額に及ぶ科学研究費を獲得するために、激しく凌ぎを削り合い、ときに不正もあると聞く。
そのような環境の中で、小保方晴子氏は博士課程の1年目から2年間チャールズ・バカンティ ハーバー ド大学教授のもとにに留学する。


私は予断なく見守るだけである。
科学の命題としての「STAP細胞」に大いなる興味を持って!



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STAP細胞騒ぎ

STAP細胞騒ぎ

STAP細胞騒ぎを見て、日本のマスコミの駄目さ加減をまたも二ガニガしく思う。
また、一般日本人もまたこんなマスコミに踊らされているとはと残念に思う。

私にとっての問題点と興味は「STAP細胞」が存在するかどうかだけである。
これは純粋に自然科学の問題である。


日本の若い女性研究者が発見者であることは嬉しいし誇らしく思うがこの問題点とは別問題だ。

自分の博士論文をコピペしたとか、ほかの論文の引用が殆どコピペに近い部分があったとか、引用を記載し忘れたとか、それはやってはいけないことには違いないが、科学のオリジナリティーとして「STAP細胞」が存在するかどうかだけに私は興味がある。

「STAP細胞」が存在すれば 「理研発生・再生科学総合研究センターの小保方晴子ユニットリーダー」 の
オリジナリティーと名誉は100%保たれるべきである。


注目すべきはSTAP細胞の論文の主要著者の一人、米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授である。小保方さんが最初に「STAP細胞」を発見したのはバカンティ教授の研究室でのことであり、教授の研究室では次の段階の研究に移っているという報道を聞いた覚えがある。バカンティ教授は14日、「データが誤りである証拠がない以上、私は論文を撤回すべきだとは考えない」との声明を発表した。 

野依良治理事長まで出てきた理化学研究所の対応にびっくりした。
せいぜい専門家でもある(と思われる)センター長どまりにしておいた方が良いのにと思う。
(河野談話だって「官房長談話」だ。「首相談話」でも「国会決議」でもない。)
ノーベル賞は日本では絶対だが私の中では絶対ではない。それに、ノーベル賞受賞者野依さんは生命科学の研究者でないことは確かだ。バカンティ教授に任せればよい。

科学の分野で実証されるまで時間がかかった命題はいくらでもある。
生命科学の最新実験技術は難しいという。実験室が変がわっても再現できない場合があるという。
簡単に再現できたら発見者のアドバンテ-ジがないではないか。という考えもある。


昨日、ラジオ(TBS)で「アズマヒロシ」(私は知らない人)とかいう名の人のこの問題に関する話を聞いた。
ハチャメチャの代表のような発言であった。

もう一度言う。問題点は「STAP細胞」が存在するかどうかだけである。


新種の鳥型恐竜 アンズー・ワイリエイ

新種の鳥型恐竜 
アンズー・ワイリエイ(Anzu wyliei)北米で発見


恐竜のレシピ 再論
人類が牧畜業の対象としている主な動物は牛、豚、鶏で、その肉、卵、乳を蛋白源の食糧としている。
その中で「飼料変換効率(エサ(穀物))が出荷時の体重に変換される効率)」が最も良いのが鶏である。
そこで食糧問題を考える一つの視点として鶏を取り上げることにした。

鶏は恐竜の子孫であることは最近の研究の成果としてもはや疑いの余地がないので、
本ブログでは数億年の地球の歴史の恵みと考え「恐竜のレシピ」と題した。
すなわち、鶏に関するあらゆる面を論ずるのがカテゴリ「恐竜のレシピ」である。


【AFP=時事】の記事をそのまま)以下に掲載する。(己のためのメモ)


新種の鳥型恐竜発見

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【AFP=時事】
「地獄から来た鶏」とあだ名が付けられた、人間とほぼ同じ背丈新種羽毛恐竜が、6600万年以上前の北米大陸に生息していたとする研究が、2014年3月19日の米オンライン科学誌プロスワン(PLOS ONE)に発表された。
 
この「アンズー・ワイリエイ(Anzu wyliei)」には、頭にめんどりのようなとさかがあり、ダチョウのように細い脚と前脚の鋭い爪、そして卵や獲物を砕くためのあごがあった。重量は200~300キロほどだったとされている。

論文の主執筆者で米ペンシルベニア(Pennsylvania)州ピッツバーグ(Pittsburgh)にあるカーネギー自然史博物館(Carnegie Museum of Natural History)のマット・ラマンナ(Matt Lamanna)氏は、「私たちはこれを『地獄から来た鶏』と冗談まじりに呼んでいたが、結構適切だと思う」と語った。

 このたび恐竜3頭の骨の化石から、全長3.5メートル、腰までの高さ1.5メートルのこの恐竜の全容が初めて明らかになった。恐竜の名称はメソポタミア神話の怪鳥「アンズー」から採られた。


アジアの「オビラプトル」の近縁種 
化石は10年前、ノースダコタ(North Dakota)州とサウスダコタ(South Dakota)州にまたがるヘルクリーク(Hell Creek)岩石層から発掘された。恐竜時代の終盤にあたる6600万~6800万年前の化石だった。
 
これらの化石は、オビラプトロサウルス類のカエナグナトゥス科についての新たな知見を明らかにしている。カエナグナトゥス科は100年前に初めて発見され、シチメンチョウほどの小型の種から、重さ1.5トンに達する種まで様々なサイズがあることが知られている。
 
アンズー・ワイリエイは、モンゴルや中国で発見された近縁種のオビラプトルに部分的に類似している。だが異なっている点もあり、オビラプトルのあごは短くて深いが、アンズー・ワイリエイのあごは、鳥によく似て長い。
 
また、カナダのアルバータ大学(University of Alberta)の古生物学者、フィリップ・カリー(Philip Currie)氏によると、脚はアンズーの方が長かったとみられる。カリー氏は「つまり(アンズー・ワイリエイは)モンゴルの種とは異なり、ずっと速く走る能力を持っていた」とAFPに語った。


原発再稼働

川内原発 九州電力川内原発

原発再稼働

再稼働審査申請中10原子力発電所17基のうち、九州電力川内原発1,2号機(鹿児島県)が最も早く審査を終え、再稼働する見通しとなった。夏までには運転する可能性があるという。

田中俊一原子力規制委員長 
        「立地に適合性があるかどうかの判断で、地震や津波などの自然現象についてクリアできた」
島崎邦彦委員長代理(地震・津波担当)  「川内だけはがすでに基準地震動が確定している」
更田(ふけた)豊志委員(設備面の安全対策を担当)  「重大事故対策で九電が示したものは満足のいくものだ」


基準地震動とは「想定される最大の揺れ」のこと:最大の揺れを基準にして原発施設の耐震性を再評価する。
川内原発は基準地震動を「安全側に行き過ぎている」(九電幹部)というほど、規制委の要求に全面的に従った。


再稼働までの行程
審査チームの人員を集中的に投入し、1か月程度で審査書案を作成する。その後、
意見公募(4週間)、地元公聴会審査終了地元と同意再稼働の手順となる。

審査が終盤に入っている九電玄海原発3、4号機(佐賀県)や四国電力伊方原発(愛媛県)も続いて再稼働する可能性がある。


関西電力基準地震動の引き上げを阻止しようと躍起になったのが審査を長引かせる要因になった。
すなわち、大飯原発3,4号機は規制委の周辺活断層の三連動の可能性を拒否し続けた。
「急がば回らなかった」のだ。


私見
田中俊一委員長のことは余り知らないが、地震・津波担当の島崎邦彦委員長代理は、「空白域」の議論で福島の大津波を予言していた(別稿として記述する)。彼の意見が通っていれば福島原発事故は避けられたと確信している。誰も予測していなかった。予測できなかったというのは嘘である。
 

福島第一原発所長だった吉田昌郎は津波の可能性を調査したとされるが島崎氏の「空白域」を無視した。吉田昌郎を美化しようとする流れがあるが、それは間違いである。彼も福島原発事故の主犯の一人である。

私は原発再稼働派である。当然安全を確保しての話だ。島崎邦彦委員長代理の存在は心強いと思っている。
再稼働は基準地震動をクリアしての話である。安全神話による杜撰な地盤調査に起因する耐震性が足りない原発が存在する可能性がある。電力会社は正攻法でクリアせよ。国・政治の方針でオマケがあると期待するな!ゴネルな!

川内原発の発電設備
 番号   原子炉形式   定格電気出力     燃料・装荷量       運転開始日       現況
1号機 加圧水型軽水炉(PWR) 89万kW 低濃縮二酸化ウラン・約72トン 1984年7月4日    定期点検中
2号機 加圧水型軽水炉(PWR) 89万kW 低濃縮二酸化ウラン・約72トン 1985年11月28日 定期点検中


防潮堤

防潮堤       濱口梧陵が構築した防潮堤 和歌山県広川町

東日本大震災から3年
2014年3月11日現在:死者15,884人、 行方不明者2,633人、 避難者数約267,000人


防潮堤

今、防潮堤が話題になっている。
私は自分が住民ならばまず防潮堤には基本的に反対である。海が見える景観が大切だからだ。
ただし、普代村、田老、山田、田野畑など先祖伝来繰り返し津波の経験をし、
その知恵の集積として防潮堤を築いているところは、この議論の対象ではない。

1, 000年に一度の大津波というが、
1,000年単位で考えたら海岸線なんてどのように変わるか知れたものではない。
温暖化、寒冷化どちらに向かうとしても海岸線は動くのだ。
この年代スケールでは守るべき海岸線などあやふやなのだ。
貝塚の分布一つをみても、防潮堤計画のスケールを越えているではないか。

1000年に一度の大津波に対策するのはバカ馬鹿莫迦げている
1000年に一度の大津波は「てんでんこ」に逃げるしかないのが基本だ。
「大船渡の奇跡」を奇跡にしない知恵こそ大事なのだ


この観点からは宮城県知事村井嘉浩の考えは間違っているし、住民が正しい
住民の意見の多くは計画の防潮堤は高すぎるから低くして欲しいというものだ。
被災地に生まれ育ち、被害を経験し、海の恩恵で生きてきた人々、の意見は傾聴に値する。
知事は税金で作るからからには中途半端な役に立たない防潮堤をつくるわけにはいかないという。

自衛隊出身というが、行政は上官が兵隊を命令で動かすようなわけにはいかない。
何が中途半端か、そうでないか、示すことも定義することもできないはずだ。
役に立つ防潮堤の定義を教えてほしいものだ。
行政とは住民の意見、意向に沿うもので、押し付けようというのは自惚れであり許せない行為である。

漁港(漁業権)についても、防潮堤についても、岩手県は行政の対応が宮城県より柔軟である。

たとえば陸前高田の高田松原があった海岸。私はここで遊んだことがある。
松原をもとへ戻したい、復旧させたいという思いが先に立つ。おそらく住民もそのように思うだろう。
松原をつくったらよい。その後ろまたは真ん中に土手を築く。これで景観は変わらない。 
土手は芝生と背丈の低い灌木林にする。地元の山の野生のつつじもいいだろう。


私が尊敬する東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授(52)は「防潮堤はコンクリートの壁という先入観があるが、景観や生活の中に位置づける案もある」と柔軟な対応を提案する。前案はこれに合致するものである。



稲むらの火
次の挿話より、「稲むらの火」は誰でも知っている話ではないようだ。

2005年1月、インド洋大津波をうけてジャカルタで開催された東南アジア諸国連合緊急首脳会議でシンガポールのリー・シェンロン首相が当時の小泉純一郎総理大臣に「日本では小学校教科書に『稲むらの火』という話があって、子供の時から津波対策を教えているというが、事実か?」と尋ねた。しかし、小泉はこの話を知らなかった。東京の文部科学省に照会したが、誰も知らなかったということである。(少し小泉の悪口を言いたい気分なのでここにこの挿話を入れた(^^♪)

「稲むらの火」の話は省略する。モデルである濱口梧陵の防潮堤の話である。
濱口梧陵(儀兵衛)1820年(文政3年)紀伊国有田郡広村(現和歌山県有田郡広川町)に生れ、66歳で亡くなった。ヤマサ醤油 7代濱口儀兵衛である。ヤマサ醤油は紀州、銚子、江戸の海洋、河川交通を利用したスケールが大きい家業であった。


政治家として1868年(慶応4年、明治元年)には、商人身分ながら異例の抜擢を受けて紀州藩勘定奉行(のちの出納長に相当)に任命され、後には藩校教授や大参事(のちの副知事に相当)を歴任するなど、藩政改革の中心に立って紀州藩・和歌山県経済の近代化に尽力した。その後、1871年(明治4年)には、大久保利通の要請で初代駅逓頭(えきていのかみ)(郵政大臣に相当)に就任するが、権頭(次官)であった前島密との確執もあって半年足らずで辞職する。官僚より民間で活躍するのが似合う人だったのでしょうね。

濱口梧陵は稲むらの火にあるように大津波の被害にあい経験した。そこで故郷広村に防潮堤を築いた。
津波にあったのは、35歳のとき、「稲村の火」に記述されているような老人ではない。
「稲むらの火」にとどまらない広い分野で活躍した偉大な人物であった。

下に示すのが広村の防潮堤の断面図である。
陸前高田にはこのような防潮堤が似合う。
土手の高さは成長した松の木の高さを越えることはないだろう。
 

防潮堤

スキージャンプに対する風の影響

ジャンプ台
「白馬ジャンプ台」 は長野オリンピックのとき建設され用いられたジャンプ台

スキージャンプに対する風の影響


飛距離の測り方:飛び出し(踏み切り)地点から着地地点までの斜めの直線距離を測る。
               すなわち、水平方向の距離と落下距離の合計(ベクトル)である。
               着地点は両足の中間とし、0.5メートル間隔で表示する。


飛距離に対する風の影響
向い風は、斜面に沿って斜面と同じ角度の上昇流となり、ジャンパーを浮かせる作用をする。
追い風は、斜面に沿って斜面と同じ角度の下降流となり、ジャンパーを沈める(たたきつける)作用をする。

飛行機は風に向かって飛び立つが、空気と飛行機の相対的な速度が大きくなるからである。
スキージャンプの場合は、それに加えて斜面上昇流(スロープリフト)下降流が、
プラスに作用するか、マイナスに作用するか、の違いが加わるから極めて大きい影響がある。


滑空機(グライダー)は、スキージャンパー(競技者)に比べ、浮く性能が桁違いに大きいから、上昇流があれば永遠に飛び続ける。アンデス山脈では日昇から日没に間に最大3,000kmも飛ぶという。しかし、下降流があると飛ばないどころか事故につながる場合がある。
ジャンパーの飛行スタイルがV字になったのは滑空性能をよくするためである。



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参考;モモンガとムササビ
V字飛行をモモンガに例えていた。 両種ともネズミ目(齧歯目)リス科モモンガ亜科に属する。

モモンガ(摸摸具和)は、
滑空によって飛翔する性質を持つリスの仲間。狭義には、ニホンモモンガ(Pteromys momonga)を指す。
前脚から後脚にかけて張られた飛膜を広げて滑空する。ニホンモモンガは、体長14-20cm、尾長10-14cm、体重150-220g。体重1500gまでに大きくなる、ムササビよりはるかに小さい


ムササビ(鼯鼠、鼺鼠)は
野臥間、野衾(のぶすま)という異名がある。、モモンガの飛膜は前肢と後肢の間だけにあるが、ムササビの飛膜は前肢と首、後肢と尾の間にもある。飛膜を広げることでグライダーのように滑空し、樹から樹へと飛び移ることができる。160m程度の滑空が可能である。長いふさふさとした尾は滑空時には舵の役割を果たす。頭胴長27-49cm、尾長28-41cm、体重700-1500gと、モモンガに比べて大柄であるのみならず、日本に生息するネズミ目としては、在来種内で最大級であり、移入種を含めても、本種を上回るものはヌートリア位しかいない。
ムササビは日本の固有種であり、本州、四国、九州に生息し、日本国外には生息していない。


高梨沙羅 W杯総合2連覇

男子ラージヒル団体銅メダル
スキージャンプ男子ラージヒル団体 銅メダルメンバー

高梨沙羅W杯総合2連覇

3月1日ソチ五輪後初のW杯(ワールドカップ)で優勝し、昨年に続きW杯総合2連覇を決めた。
これまでのW杯得点は ①高梨沙羅1220点  ②フォクト761点  ③イラシュコ682点
高梨優勝で100点を追加1320点とした。フォクト、イラシュコは怪我で参加せず加点なし。


残り5試合だから、(あり得ない仮定だが)
加点が高梨沙羅0点、フォクト全試合優勝としても761+500=1261点<高梨1320点
となり、優勝が決定した。

スキー日本勢のW杯最多優勝記録も更新
  ① 高梨沙羅21勝  ②荻原健司19勝  
  ③葛西紀明16勝   ④舟木和喜15勝  ⑤上村愛子10勝


ソチ五輪 スキージャンプ

130218takanashisara[1] 高梨沙羅

ソチ五輪 スキージャンプ
ソチ五輪でスキージャンプに感動した。葛西の銀メダルにも、男子団体の銅メダルにも、
メダルを獲れなかった高梨沙羅にも!


葛西紀明(41歳)は団体戦の銅メダルに感動し泣いていたが、竹内択(26歳)がアレルギー性肉芽腫性血管炎の可能性が高いと診断されていたからだ。この病気は手足のしびれや筋肉痛などさまざまな症状が出て、薬で治まっても再発することがある。竹内は体調を崩し、1月に入院。「五輪に出られないのでは、との気持ちもあった」という。先陣を切った20歳の清水礼留飛(レルヒ)(新潟県妙高市出身)が、命名の期待に応え※、名前を超越した活躍をしたのも凄い。

葛西紀明:「いやーうれしいっす。皆が頑張ったんで(清水)礼留飛も悔しい思いをしてきて、この団体メンバーに選ばれてよかったと思いますし、(竹内)も病気で、それなのに選ばれて、一緒に団体出られたことが本当にうれしく思ってますし、(伊東)大貴もひざ痛めて、そのなかで皆4人で力を合わせてメダル取れたことがうれしいし、本当に取らせてあげたいと思ってたのでよかったです」

レルヒ少佐;上越市高田は日本におけるスキー発祥の地として知られ、その伝道師はオーストリア・ハンガリー帝国の将校であり、スキーの名手であったテオドール・エドレル・フォン・レルヒ少佐。明治44(1911)年1月12日、「mettez les skis!(スキーを履きなさい)」のかけ声とともに始まった。小学校の国語の教科書に出ていた。

高梨沙羅 「私の力不足」
2月 11日、ノルディックスキージャンプ女子ノーマルヒル
わずか数分の間に、高梨沙羅の運命は変わった。メダルを左右したのは、ソチの気まぐれな風。
五輪で初めての女子スキージャンプ。1回目の序盤、風は弱い追い風で安定していた。残り10人ぐらいから乱れる。

有利な向かい風と、不運な追い風が入り交じったが、最後に飛んだ高梨は追い風にあたった。
高梨沙羅は、一言も言い訳していない。さすが女王である。船木和喜などが不運だと解説してくれた。


W杯 高梨沙羅、総合Vを取りに行く
高梨沙羅が27日、今季W杯残り6試合に参戦するため、欧州に向かった。
感動したという男子ジャンプ陣の活躍を胸に、2シーズン連続のW杯総合優勝に向かった。
女王は高梨沙羅! 存分にたたかえ!

W杯得点 ①高梨沙羅1220点  ②フォクト761点  ③イラシュコ682点
       ⑤伊藤有希 439点
   <残り6戦>


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 辻 幸弥 (つじこうや)

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