恐竜のレシピ 恐竜食のすすめ

ティラノザウルス 従来のティラノザウルス
ティラノザウルス 羽毛があるティラノザウルス

最近、獣脚類恐竜が鳥類の祖先であることが解ってから、
羽毛があるティラノザウルスの想像図が描かれるようになった。

恐竜のレシピ  恐竜食のすすめ
 
人類の叡知や宗教は、飼料変換効率が悪い豚や獣肉を食ってはならないと教えているような気がする。
しかし、人間が健康に生きるには動物性たんぱく質が必要である。


日本の食料自給率(但し、カロリーベース)は40%だという。
輸入した大量の穀物で和牛を育てそれを食うことが大きな原因の一つだろう。
それが、現在は飽食の時代といわれる所以(ゆえん)である。


なにしろ、牛肉を一食で150グラム食ったとすれば、米150g×8/(150g/1合)=8合
牛肉だけで米8合分を食い、そのときさらに米1合分のご飯を食べると、
合計米9合分の穀物を食ったことになる。これは飽食だ。

そこでお勧めするのが、飼料変換効率が優れている鶏肉食である。
同様の計算をすると、鶏肉なら合計米3号分となり、穀物換算で1/3となる。

鳥類は恐竜の子孫である。
それも人気があるティラノサウルスが属する獣脚類の子孫である。
これは地球数億年の進化と絶滅の歴史が、人類に与えてくれた恩恵ではあるまいか?

おまけに恐竜は卵生である。
肉だけでなく卵も、いや卵こそ、人類にとって大きな恵みである。


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恐竜のレシピ 序  

豚     豚肉

恐竜のレシピ 序 

食肉1キログロムの生産に必要な穀物量は、
鶏肉(ブロイラー);キログラム
豚肉キログラム
牛肉キログラム    であるという。

すなわち、鶏、豚、牛の順で、
倍々飼料変換効率(エサが出荷時の体重に変換される効率)が悪くなる。


イスラム教徒は豚肉を食べない。何故か?
イスラム教は砂漠地帯の宗教であるが、砂漠は食料の生産性が低い。
だから、人間と同じものを食う豚は、飼育し、食べてはいけないというルールが出来た。
ルールがあっても、破る奴は破る。
そこで、ルールを宗教に、すなわち戒律にした


では、何故イスラムは牛肉を禁止いていないのか。
牛は草食だからである。人が食わない草で育つからであるという。

仏教にも獣肉を食うなという教えがあるようだ。
何故、兎(うさぎ)は1羽、2羽と数えるか。
四足(よつあし)だが食いたいからだという。

鶏、鳥類を食ってはいけないという、習慣、教え、戒律などはこの世に希薄なように思われる。
これは人類の知恵かも知れない。


鳥類は恐竜から進化した。
鶏肉(ブロイラー)、鶏卵など、鳥類の肉、卵は人類への太古からの贈り物であると思う。



信任状捧呈式 キャロライン・ケネディ新大使の儀装馬車行列

キャロライン 皇居宮殿前で儀装馬車を降りるキャロライン・ケネディ新大使

信任状捧呈式 キャロライン・ケネディ新大使の儀装馬車行列

信任状は、その国の元首から大使の赴任先の国の元首にあてた文書で、「この者をよろしく頼む」といった趣旨の要請書である。これを相手国の元首(日本では天皇)に捧げ渡す「捧呈式」を終えて初めて正式な大使となる。

11月6日「皇居参観手続き」をしたことは前に書いた。
<http://tsujiandon41.blog.fc2.com/blog-entry-165.html>
「皇居参観」に行ったのはこの前日の11月18日のことであった。

私は二日続けて19日も皇居前に行った。
もちろん、キャロライン・ケネディ新駐日米大使の「信任状捧呈式(ほうていしき)」の「儀装馬車行列」を見るためである。前日、「皇居を参観」し、故郷に帰った友人達が「見たかった。今日でなくて残念」と言ったので、その思いを代表して見に行ったのである。


銀杏
朝日に映える行幸通りのいちょう並木                    2013年11月19日10時02分撮影

私は朝早めに行幸通りを歩いた。東京のどこよりも早く色づくという「いちょうの黄葉」が朝日に映えて美しい。
「信任状捧呈式」の「儀装馬車行列」は普段は通行に使われていないこの中央の広場を皇居からの帰りに通る。

儀装馬車行列
行幸通りを通る皇居から帰る儀装馬車行列                              19日16時03分
 
逆光の位置だが、馬車行列がカーブして通る様子が2回見られる。いちょうの葉を通過・反射する夕日が美しい。
皇居に向かう馬車列は皇居前広場で見た。通りに面した人垣は何重にも重なって人出の多さを物語っていた。


<余談1> 坂下門の位置、馬車列の通路を理解していた。その方向に目を凝らすと右方向に移動している馬車行列の上半分が見えた。指さして「あそこを走っているから間もなく来ますよ」 それに微笑みながらうなずいてくれたのが、キャリアウーマン風に見える目のきれいな美人だった。

<余談2> 馬車行列の最後に軽トラックが追随している。 おばさん「あんなものないと良いのにね」。 私「馬がいるから掃除が必要なのですよ」 おばさん「ああ、なるほどね」 

ケネディ ジョン・F・ケネディと長女キャロライン

アメリカでのキャロライン・ケネディは、共和国にはいないはずの「プリンセス」のような存在だという。
高貴な雰囲気は外交にとって重要な要素である。どこかの国の元大統領の娘の大統領とは品格が違う。


炎熱の夏から厳寒の冬に急変 その原因?

炎熱の夏から厳寒の冬に急変 その原因は?

暑い夏が終わり、短い秋が過ぎ、早くも冬が来た。
炎熱の夏から急勾配で気温が下がり厳寒の冬が急ぎ足で来た。
まだ木に残る、銀杏(いちょう)の葉の上に、リンゴの果実と緑の葉の上に、雪が積もっている。
何故だろうか。

一方、温暖化騒ぎが世論を支配しているが、地球の平均気温は上昇してはおらず、
これから寒冷化に転ずるという議論もある。


グリーンランド 深層海流の駆動力

上図は「地球は寒冷化に転ずる」で用いた図である。
(http://tsujiandon41.blog.fc2.com/blog-entry-162.html、カテゴリ;環境問題 を参照)


海洋大循環は、地球の南北にわたり大西洋、インド洋、太平洋を回る大きな海流で、北極、南極に近い海水を赤道付近に、赤道付近の海水を北極・南極近くに運び、赤道付近に強く注がれる太陽エネルギーを南北に分散させる働きをする。この海水温度の平均化作用が地球の気候の急激な変動を抑え穏和・温和なものにしている。

上図のグリーンランド沖で、
Ⅰ 冷たく重い海水がつくられる。
その条件は、①海水が凍ること。氷になるのは真水であり、塩分は海水に残る。海水は塩分濃度が濃くなり、重くなる。②温度が下がるのでさらに重くなる。

重い海水が沈む。これが深層海流、海洋大循環の起動力となる。これが大西洋、インド洋、太平洋の循環の動力源なのである。これに伴い温かい表層水が南からグリーンランド方面に流れ、ヨーロッパ、スカンジナビア半島の気温が上がり、緯度の割にこの地方の気温は温暖になる。


Ⅱ 一方、緯度の割に温暖になると、グリーンランドも温暖化する。①海水が凍る量が減る。②グリーンランドの氷が解け、河川水(淡水、真水)が海に流れる量が増え、海水の塩分濃度が低くなる。①②により、深層海流の起動力が小さくなる。これに伴い温かい表層水が南からグリーンランド方面に流れる量が減る。ヨーロッパ、スカンジナビア半島の気温が上がりにくくなり、この地方は寒冷化する。

すなわち、Ⅰグリーンランドの寒冷化が進むと緯度が高い地方は温暖化し、比較として赤道付近の気温は高くない(低くなる)。やがてグリーンランドも温暖化する。Ⅱグリーンランドが温暖化すると、暖かい表層水の北上が減少するので緯度が高い地方は寒冷化する。赤道付近の気温は比較として高くなる。このⅠⅡの周期は約70年で繰り返す。現在はⅡの周期であるが、間もなくⅠの周期に入る。


現在はグリーンランドが温暖化の時期にあたり、海流の暖かい表層水が北上する量が減少しているので、ヨーロッパ、スカンジナビア地域(すなわち、高緯度地域)は寒冷化している。それが冬が寒い原因である。また、高緯度地域と赤道地域の海水温度の平均化作用が進まず、地球の気候を変動しやすく激しいものにしている。赤道域の温度が高いのもその一因である。
すなわち、日本に急激に厳寒の冬が来たのと、フィリピンに巨大台風が襲来した原因は同じである



ボスポラス海峡 夢の海底トンネル開通 

ボスポラス    プロジェクト路線図   大成建設(株)

ボスポラス海峡 夢の海底トンネル開通 

10月29日は共和国としてのトルコ建国90周年記念日で、アジアと欧州を分断するボスポラス海峡の地下約60メートルを通る鉄道の開通式典が行われた。開通式典にあわせ、国会開会中に安倍晋三首相がトルコ・イスタンブールを訪問(10月28~30日)したのは異例である。安倍首相は式典後、エルドアン首相らと「一番列車」に乗車し、世界でもっとも親日的な国トルコとさらに親交を深めた。

マルマライ計画(Marmaray project):
ボスポラス海峡を横断する海底鉄道トンネルにより、イスタンブールのヨーロッパ側とアジア側を接続する計画の名称である。Marmarayの名称は計画区域のすぐ南にあるマルマラ海 (Marmara) と、トルコ語で鉄道を意味するrayの混成語である。


その1 歴史的、政治的、経済的背景 

トルコの首都イスタンブールは人口1380万人の大都市で、アジアとヨーロッパ東西文明の接点に位置し、日本人にも人気の観光地である。西側がヨーロッパ、壮大なビザンチン建築で有名なアヤソフィアやトプカプ宮殿、グランドバザールなどが集まる旧市街は世界遺産にも指定されている。東側がアジア、歌に唄われた「ウスクダラ」は、アジア側の中心で、クリミア戦争でナイチンゲールが活躍した場所でもある。

このアジアとヨーロッパを隔てるボスポラス海峡を海底トンネルでつなぐという150年来の夢を実現した海峡横断鉄道が日本の支援で完成し、10月29日、安倍晋三首相とエルドアン首相が出席して開通式が行われた。

トルコ 自動車、フェリー、列車の所要時間比較 NHK

2つの大陸の間には現在自動車専用の2つの橋があるが、人口が急増して、交通渋滞が慢性化し、ウスクダルから対岸シルケジまで、車で40分~1時間、フェリーで30分かかるが、列車だと4分に短縮される。その海底トンネルが着工から10年がかりで開通にこぎつけたのである。

計画はオスマン帝国時代1860年に設計図が描かれて以降、何度も計画が立ち上がっては頓挫し“トルコ150年の夢”としてトルコ国民の関心も高い。技術的にも予算的にも実現が難しかったが、構想から150年あまり、日本の協力でようやく実現した。総事業費は3900億円で、その4割に当たる1533億円が円借款でまかなわれた。日本の借款としては過去最大級の大事業である。工事を担当した日本の大成建設によって数々の最新技術が投入され完成にいたった。

トルコは世界でもっとも親日的な国である。そのきっかけは約120年前(1890年)オスマン帝国軍艦エルトールル号が和歌山県の串本沖で遭難事故を起こした際に地元の住民が乗組員を救助したことで、トルコでは今も語り継がれている。
<この経緯は本ブログ http://tsujiandon41.blog.fc2.com/blog-entry-99.html に述べられている。
トルコ親日の根源  カテゴリ;東京オリンピック>


皇居参観 1

皇居参観 1

皇居参観 宮内庁

「皇居参観」手続き

昨日(11月6日)、「皇居参観の手続き」のため宮内庁へ行った。
東京で中学校の同期会をやることにしているが、どうせなら「東京の真ん中」でということで東京駅近くのホテルを会場に選んだ。歩いて「皇居を参観」することになり、その手続きに行った訳である。手続きは「インターネット」でも「郵送」でも行えるが、敢えて「来庁して行う場合」を選び体験・体感することにした。


坂下門の受付で、30代の女性に続き、50歳前後の女性3人組が手続き中であった。
彼女らが大分手間どり、そのあと受付書を書いたり、事前の電話申し込み(10月1日付け)の確認などしてから、「宮内庁管理部管理課参観係窓口」に行く。途中「30代女性」とすれ違ったから、手続きは簡単なものらしい。


3人組が「桂離宮参観」の受付中であったが、同行者の住所を携帯で確認したりで準備がよくないようだ。事前に準備することになっている「参観者名簿」を窓口で作るつもりらしい。こういうのんびりした「日本人ばなれした日本人」がいるのは望ましい微笑ましい光景かもしれない。窓口が込んではいなかったから。

私には、おそらく係長であろう方が対応してくれた。持参したのは「印刷した参観者名簿2部」と「DVD(EXCELLの名簿)」。DVDはパソコンにコピーをとり返してくれた。簡単に終了し「皇居参観許可書」をもらって帰ってきたが、3人組はまだ電話を掛けたり賑やであった。

皇居参観 二の丸公園の薄(ススキ)    二の丸公園の自然林は昭和天皇の考えで作られた

この日は最高の天気であった。空はあくまで晴れわたり、気温は高からず低からず、湿度は低い。
どこかへ回って帰ろうとは思っていたが、ついついそばの「皇居東御苑」に足が向く。桔梗門を過ぎると間もなく歩道路面に「山形県花 紅花」がデザインされている。「福島県花」は大手門の入り口方面への曲がり角ちかくにある。皇居を一周する歩道の路面には全都道府県の「都道府県花」が刻まれている。

「二の丸公園」から歩くことにする。自然林に秋の気配はあるが、楽しみはこれからである。


皇居参観 本丸公園の 「十月桜」                                      「冬桜」

「二の丸公園」から「汐見坂」を登り「本丸公園」へ。
「十月桜」「冬桜」が開花していた。春の桜の賑わいはない。特に「冬桜」の花はまばらで寂しい。

皇居参観 「十月桜」の花

皇居参観  本丸公園   果樹古品種園(東) 

今上(天皇陛下)の、江戸城の跡に江戸時代の果樹を植え、入園者が楽しめるようにという考えから、古い品種の果樹園すなわち「果樹古品種園」が作られることになった。平成19年から20年にかけて植栽が行われた。果実はまだなようだが、実を結ぶのにもう数年も要しないであろう。



北桔橋門(きたはねばしもん)を出て、北の丸公園を通り、靖国神社に参拝し、靖国通り一口坂を降って、市ヶ谷まで歩いた。途中、科学技術館に寄り、特許関係の展示会を一巡した。遊びの世界で案件があるが、こういう場に遭遇したのは何かの因縁か。ひと汗かいてみようか?

イーハトーブ紀行10  大槌町

大槌町 イーハトーブ紀行10

大槌町    大槌町役場   2013年6月13日撮影
この庁舎は「東日本大震災の遺構」として一部保存される。(正面部分かな?)


大槌町 イーハトーブ紀行10

釜石から三陸をさらに北上するとき、大槌町の中心にカーナビを設定した。
津波被害が酷い代表的な町として報道されていた光景、住宅のコンクリート基礎が残る荒涼とした津波の傷跡を通過し、コンクリート造の廃屋の前に着いた。
大槌町の町役場であった。玄関に祭壇が設けてあり、花や供物が供えてある。


大槌町 役場裏からの光景                                               住宅地であった

平地である津波被災地を避けて町をつくるとしたら土地をどこの求めるのだろう。
三陸の町はどこでもそうであるが見当たらない。簡単に見当たるようなら、すでにそこが町だろう。
先祖の知恵を侮るではない。


大槌町 役場玄関前の祭壇 2013.6.13 

手のつけようがないではないか。
マスコミは復興が進まないと簡単に片づけるが、現地では基本計画が立ちにくい事情がある。
最近のニュースで、町の復興に高校生達もアイデアを出すという報道があった。
 
これが、井上ひさしが書いた「吉里吉里」「ひょっこりひょうたん島」の町の現在である。
「吉里吉里」の語源は砂浜の「鳴き砂」の音。人々が何気なく暮らす平穏な町が早く戻ってほしい。


※蛇足 なお、「あまちゃん」で話題の久慈市小袖地区で驚いたときに使う「じぇ」に相当する言葉は、
大槌町町方地区「だー」、大槌町吉里吉里地区「ばぁらぁ」だという。


プロフィール

 辻 幸弥 (つじこうや)

Author: 辻 幸弥 (つじこうや)
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