平野歩夢  2018五輪 スノーボードハーフパイプ銀メダル

平野歩夢  2018五輪 スノーボードハーフパイプ銀メダル

     DSC08751.jpg  平野歩夢

オリンピックスノーボードハーフパイプの戦いは面白かった。2018五輪を舞台としたスポーツ劇場の一つの傑作ではないだろうか。
平野歩夢の銀メダルは少し残念だが、平野という19歳の若者が持つ雰囲気、発する言葉に惚れ込んだ。15歳70余日で初出場し同じく銀メダルを獲得した前回五輪から成長した姿を見られたのは嬉しい限りだ。
しかし、彼は2017年3月に命に係わる大けがをしてそれから奇跡的な復活を遂げたという。左ひざじん帯を損傷し、内臓・肝臓にも重症を負い2ヵ月の療養から徐々に長いリハビリを経てから練習に戻り、それからそんなに時間を経ずオリンピックを迎えた。だから、オリンピックのあの舞台は恐怖感もあったろうし、あだやおろそかなものではないことを感ずる。


ある女子アナが私は13歳からの平野を知っていると言っていた。注目されたのは少年期というよりは幼年期からであるからもっと早くからインタビューしたメディアの人は多いだろう。私は平野を知っている訳ではないが、彼がハーフパイプを4歳から始めたという地域のことは知っているし、そこに愛着を持っている。


前回ソチ五輪で銀メダル獲得後、平野はこの地を訪れている。幼年期ハーフパイプを始めたこの地のハーフパイプは今でも発展維持され、全国大会が開かれている。新潟県は細長い県だから「平野歩夢」の出身地村上市など県北部の山岳部は山形県になる。4歳の平野が初めてハーフパイプをやった山形県小国町は、JR鉄道では羽越線坂町(新潟県)から米沢(山形県)に至る米坂線の途中の駅である。

小国町は山間部の町である。豊かな水力発電に立地する東芝電興を代表とする会社の事業所があった。会社名は東芝セラミックス、クアーズテック株などと代わったが近くのダムの水力発電をエネルギー源として山国に立地していることは昔から変わらない。この会社の中心的な事業所であることも変わらない。この事業所の支部的な工業所は村上市など新潟県内にもある。実は東芝セラミックスは事業を発展させるため東芝の系列から外れ、独立した企業になっったのは比較的古い。このような発展的な山国の風土がハーフパイプをやり「平野歩夢」を生んだのではないだろうか。

この地域村上市と小国街は、上杉氏が120数万石の時代(豊臣時代)には同じ上杉領内で、米沢は上杉の30万石を領する家老直江兼続の所領であった。私は平野歩夢を、今では架空になった、上杉藩の英雄 と解釈している。


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スキージャンプに対する風の影響

ジャンプ台
「白馬ジャンプ台」 は長野オリンピックのとき建設され用いられたジャンプ台

スキージャンプに対する風の影響


飛距離の測り方:飛び出し(踏み切り)地点から着地地点までの斜めの直線距離を測る。
               すなわち、水平方向の距離と落下距離の合計(ベクトル)である。
               着地点は両足の中間とし、0.5メートル間隔で表示する。


飛距離に対する風の影響
向い風は、斜面に沿って斜面と同じ角度の上昇流となり、ジャンパーを浮かせる作用をする。
追い風は、斜面に沿って斜面と同じ角度の下降流となり、ジャンパーを沈める(たたきつける)作用をする。

飛行機は風に向かって飛び立つが、空気と飛行機の相対的な速度が大きくなるからである。
スキージャンプの場合は、それに加えて斜面上昇流(スロープリフト)下降流が、
プラスに作用するか、マイナスに作用するか、の違いが加わるから極めて大きい影響がある。


滑空機(グライダー)は、スキージャンパー(競技者)に比べ、浮く性能が桁違いに大きいから、上昇流があれば永遠に飛び続ける。アンデス山脈では日昇から日没に間に最大3,000kmも飛ぶという。しかし、下降流があると飛ばないどころか事故につながる場合がある。
ジャンパーの飛行スタイルがV字になったのは滑空性能をよくするためである。



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参考;モモンガとムササビ
V字飛行をモモンガに例えていた。 両種ともネズミ目(齧歯目)リス科モモンガ亜科に属する。

モモンガ(摸摸具和)は、
滑空によって飛翔する性質を持つリスの仲間。狭義には、ニホンモモンガ(Pteromys momonga)を指す。
前脚から後脚にかけて張られた飛膜を広げて滑空する。ニホンモモンガは、体長14-20cm、尾長10-14cm、体重150-220g。体重1500gまでに大きくなる、ムササビよりはるかに小さい


ムササビ(鼯鼠、鼺鼠)は
野臥間、野衾(のぶすま)という異名がある。、モモンガの飛膜は前肢と後肢の間だけにあるが、ムササビの飛膜は前肢と首、後肢と尾の間にもある。飛膜を広げることでグライダーのように滑空し、樹から樹へと飛び移ることができる。160m程度の滑空が可能である。長いふさふさとした尾は滑空時には舵の役割を果たす。頭胴長27-49cm、尾長28-41cm、体重700-1500gと、モモンガに比べて大柄であるのみならず、日本に生息するネズミ目としては、在来種内で最大級であり、移入種を含めても、本種を上回るものはヌートリア位しかいない。
ムササビは日本の固有種であり、本州、四国、九州に生息し、日本国外には生息していない。


高梨沙羅 W杯総合2連覇

男子ラージヒル団体銅メダル
スキージャンプ男子ラージヒル団体 銅メダルメンバー

高梨沙羅W杯総合2連覇

3月1日ソチ五輪後初のW杯(ワールドカップ)で優勝し、昨年に続きW杯総合2連覇を決めた。
これまでのW杯得点は ①高梨沙羅1220点  ②フォクト761点  ③イラシュコ682点
高梨優勝で100点を追加1320点とした。フォクト、イラシュコは怪我で参加せず加点なし。


残り5試合だから、(あり得ない仮定だが)
加点が高梨沙羅0点、フォクト全試合優勝としても761+500=1261点<高梨1320点
となり、優勝が決定した。

スキー日本勢のW杯最多優勝記録も更新
  ① 高梨沙羅21勝  ②荻原健司19勝  
  ③葛西紀明16勝   ④舟木和喜15勝  ⑤上村愛子10勝


ソチ五輪 スキージャンプ

130218takanashisara[1] 高梨沙羅

ソチ五輪 スキージャンプ
ソチ五輪でスキージャンプに感動した。葛西の銀メダルにも、男子団体の銅メダルにも、
メダルを獲れなかった高梨沙羅にも!


葛西紀明(41歳)は団体戦の銅メダルに感動し泣いていたが、竹内択(26歳)がアレルギー性肉芽腫性血管炎の可能性が高いと診断されていたからだ。この病気は手足のしびれや筋肉痛などさまざまな症状が出て、薬で治まっても再発することがある。竹内は体調を崩し、1月に入院。「五輪に出られないのでは、との気持ちもあった」という。先陣を切った20歳の清水礼留飛(レルヒ)(新潟県妙高市出身)が、命名の期待に応え※、名前を超越した活躍をしたのも凄い。

葛西紀明:「いやーうれしいっす。皆が頑張ったんで(清水)礼留飛も悔しい思いをしてきて、この団体メンバーに選ばれてよかったと思いますし、(竹内)も病気で、それなのに選ばれて、一緒に団体出られたことが本当にうれしく思ってますし、(伊東)大貴もひざ痛めて、そのなかで皆4人で力を合わせてメダル取れたことがうれしいし、本当に取らせてあげたいと思ってたのでよかったです」

レルヒ少佐;上越市高田は日本におけるスキー発祥の地として知られ、その伝道師はオーストリア・ハンガリー帝国の将校であり、スキーの名手であったテオドール・エドレル・フォン・レルヒ少佐。明治44(1911)年1月12日、「mettez les skis!(スキーを履きなさい)」のかけ声とともに始まった。小学校の国語の教科書に出ていた。

高梨沙羅 「私の力不足」
2月 11日、ノルディックスキージャンプ女子ノーマルヒル
わずか数分の間に、高梨沙羅の運命は変わった。メダルを左右したのは、ソチの気まぐれな風。
五輪で初めての女子スキージャンプ。1回目の序盤、風は弱い追い風で安定していた。残り10人ぐらいから乱れる。

有利な向かい風と、不運な追い風が入り交じったが、最後に飛んだ高梨は追い風にあたった。
高梨沙羅は、一言も言い訳していない。さすが女王である。船木和喜などが不運だと解説してくれた。


W杯 高梨沙羅、総合Vを取りに行く
高梨沙羅が27日、今季W杯残り6試合に参戦するため、欧州に向かった。
感動したという男子ジャンプ陣の活躍を胸に、2シーズン連続のW杯総合優勝に向かった。
女王は高梨沙羅! 存分にたたかえ!

W杯得点 ①高梨沙羅1220点  ②フォクト761点  ③イラシュコ682点
       ⑤伊藤有希 439点
   <残り6戦>


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