皇居観桜

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                                                         皇居内の一本桜
皇居観桜 4月1日

花見に東京へ
4月1日(金)、東京へ花見に行ってきた。
計画は 「皇居通り抜け」は昨日で終わったから、東京駅から「東御苑」を通り、「北の丸公園」から靖国、千鳥ヶ淵へ。皇居外堀沿いに東京駅、そこから山手線で上野公園へ。という都内鉄板コース。

しかし、東御苑への途中で交通整理している警護官と話しをしたら、昨日で終わった「皇居通り抜け」が3日間延長になり、今日は比較的空いているという。北の丸、靖国、千鳥ヶ淵方面へも坂下門~乾門経由の方が近いし、迷いなく方向転換した。

この日、家に帰り着いたとき、歩数計は25518歩を示していた。

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 道灌濠(どうかんぼり)の傍の「山吹の花」  七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき
 
 太田道灌のこの句を初めて知ったのは、学校の授業でも読書でもなかった。
 何かの折に親父に教えられたことを覚えている。何歳頃か、どんなシチュエーションかは憶えていない。



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 乾門(いぬいもん)出口

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 北の丸公園 科学技術館前のミツマタの花

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 北の丸公園から千鳥ヶ淵を望む  このときは、まだボート貸出中

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 靖国神社  パール判事(インド)の記念碑

碑文
時が熱狂と偏見とを
やわらげた暁には
また理性が虚偽から
その仮面を剥ぎとった暁には
その時こそ正義の女神は
その秤を平衡に保ちながら
過去の賞罰の多くに
そのところを変えることを
要求するであろう


 
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 千鳥ヶ淵の貸しボート 風速7メートルを越え貸出し停止、係留

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  千鳥ヶ淵墓苑  白菊を供えました
 
  私が知る限り、親父、叔父さん、海軍で地元相撲の大関だった佐藤Jさんなど、幸せなことに親戚に戦死者はいない。佐藤Jさんは胆の座った人で、壁を背に寄りかかってどこでも眠れたという。職業軍人だった叔父は、前線で指揮下の怖がりの部下の位置を確かめたら良い位置に伏せていると思ったが、流れ玉にあたってしまったという。人の運命は判らない。叔父は白寿を迎えた。


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 半蔵門付近の「菜の花」と「大根の花」

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 上野公園の花見風景 花見を楽しむ東南アジアの人達  
 韓国語、中国語も入り乱れる。ここでは約6割が海外観光客だという。

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太田道潅の「山吹伝説」

DSC09489.jpg              「道潅濠」近くの「山吹の群生」

太田道潅の「山吹伝説」

太田道灌がはじめて「江戸城」を築城した名残として,「乾通り」に「道潅濠」があり、
道潅の「山吹伝説」に因み道潅濠のそばに「山吹が群生」し、今花盛りであった。


太田道灌:室町時代後期の人。1432年〜1486年8月25日 (永享4年〜文明18年7月26日)

江戸城築城
太田道潅は敵方の有力武将を抑えるため、江戸氏の領地であった武蔵国豊嶋郡に江戸城を築城した。
『永享記』には道灌が霊夢の告げによって江戸の地に城を築いたとある。
また、『関八州古戦録』には品川沖を航行していた道灌の舟に九城(このしろ)という魚が踊り入り、これを吉兆と喜び江戸に城を築くことを思い立ったという話になっている。


これらの霊異談は弱体化していた江戸氏を婉曲に退去させるための口実という説がある。
江戸城が完成したのは、長禄元年4月8日(1457年5月1日)であったと言い伝えられている。


DSC09496.jpg<                  「乾通り」の桜
 
山吹伝説
道灌が父を尋ねて越生の地に来た。突然のにわか雨に遭い農家で蓑を借りようと立ち寄った。
その時、娘が出てきて一輪の山吹の花を差し出した。道灌は、蓑を借りようとしたのに花を出され内心腹立たしかった。後でこの話を家臣にしたところ、それは後拾遺和歌集の「「七重八重 花は咲けども 山吹の実の一つだに なきぞ悲しき」の兼明親王の歌に掛けて、山間(やまあい)の茅葺きの家であり貧しく蓑(実の)ひとつ持ち合わせがないことを奥ゆかしく答えたのだと教わった。


古歌を知らなかった事を恥じて、それ以後道灌は歌道に励み、歌人としても名高くなったという。
豊島区高田の神田川に架かる面影橋の近くにも山吹の里の碑があり、1kmほど東へ行った新宿区内には山吹町の地名があり、伝説の地に比定されている。また、落語にこの故事をもとにした『道灌』という演目がある。


皇居観桜

DSC09457.jpg       坂下門

皇居観桜

天皇陛下の傘寿を記念して「坂下門」から「乾門(いぬいもん)」の間の「乾通り」が観桜のため4月4日から8日まで一般公開されている。4月4日(金曜日)に5万人の人出で賑わったことをニュースで知り、翌5日(土曜日)の計画に入れた。すなわち、午後1時から銀座で大学の同窓会があるが、その前に皇居で花見をすることにした。

私にはもう一つの花見の目論見があった。坂下門から皇居を通り乾門を抜ければそこは「北の丸公園」。北の丸公園の散策路で思い出深い花見をした鮮明な記憶があり、そのシーンに再び遭遇したいと思ったのである。

DSC09486.jpg         道潅濠

数年前、桜が散るころ北の丸公園の千鳥ヶ淵沿いを歩いた。その日は千鳥が淵墓苑の方角からかなり強い風が吹いていた。土手の斜面沿いに駆け上がる風に乗り、無数の花びらが吹き上がっていた。土手下の水際まで桜の木が植えてあり、花弁は水面近くから斜面上昇風に乗り吹き上がっていたのである。

斜面上昇風を利用して滑空機(グライダー)を飛ばすが、花弁一枚一枚がグライダーになり目の前に吹き上がってきたのだった。私は思わず墓苑に向かって祈ったことを覚えている。

DSC09488_20140407000132a43.jpg       道潅濠傍の「山吹の花」

10時10分ほど前に東京駅に着いた。東京駅はごった返していた。坂下門には中央口または北口が近い。しかし、人の流れは皇居前を左折し、桜田門の方向へ右折し、また右折していわゆる二重橋前を通り、坂下門へ誘導されている。人の列はそこで大渋滞に陥った。荷物検査、ボデイーチェックを受け、坂下門を通過したのは11時20分頃だから、東京駅から約90分かかったことになる。今日6日、クラブの友人に聞いたところ、10時30分ごろ東京駅に着いたら、今日は皇居に入るのは無理だといわれあきらめたという。ニュースによると皇居参観者数は9万人を超えた

風は千鳥ヶ淵墓苑の方向から吹いていた。散る花びらは多くない。少ない花びらであるが下から吹き上げる弱い風の影響で落下速度はゆっくりしている。中には舞い上がる花びらもある。こんな風に花見をしている人は私のほかにいないであろう。「ここでは桜の花びらがゆっくり散りますね」と心の中で呟いた。

DSC09513.jpg       「北の丸公園」千鳥ヶ淵沿いの土手下を望む   対岸から漕いで来たボートが見える

地下鉄九段下駅に着いたのが12時30分ごろ。
日本橋で乗り換え銀座で降り、13時10分前に無事同窓会会場に着いた。


信任状捧呈式 キャロライン・ケネディ新大使の儀装馬車行列

キャロライン 皇居宮殿前で儀装馬車を降りるキャロライン・ケネディ新大使

信任状捧呈式 キャロライン・ケネディ新大使の儀装馬車行列

信任状は、その国の元首から大使の赴任先の国の元首にあてた文書で、「この者をよろしく頼む」といった趣旨の要請書である。これを相手国の元首(日本では天皇)に捧げ渡す「捧呈式」を終えて初めて正式な大使となる。

11月6日「皇居参観手続き」をしたことは前に書いた。
<http://tsujiandon41.blog.fc2.com/blog-entry-165.html>
「皇居参観」に行ったのはこの前日の11月18日のことであった。

私は二日続けて19日も皇居前に行った。
もちろん、キャロライン・ケネディ新駐日米大使の「信任状捧呈式(ほうていしき)」の「儀装馬車行列」を見るためである。前日、「皇居を参観」し、故郷に帰った友人達が「見たかった。今日でなくて残念」と言ったので、その思いを代表して見に行ったのである。


銀杏
朝日に映える行幸通りのいちょう並木                    2013年11月19日10時02分撮影

私は朝早めに行幸通りを歩いた。東京のどこよりも早く色づくという「いちょうの黄葉」が朝日に映えて美しい。
「信任状捧呈式」の「儀装馬車行列」は普段は通行に使われていないこの中央の広場を皇居からの帰りに通る。

儀装馬車行列
行幸通りを通る皇居から帰る儀装馬車行列                              19日16時03分
 
逆光の位置だが、馬車行列がカーブして通る様子が2回見られる。いちょうの葉を通過・反射する夕日が美しい。
皇居に向かう馬車列は皇居前広場で見た。通りに面した人垣は何重にも重なって人出の多さを物語っていた。


<余談1> 坂下門の位置、馬車列の通路を理解していた。その方向に目を凝らすと右方向に移動している馬車行列の上半分が見えた。指さして「あそこを走っているから間もなく来ますよ」 それに微笑みながらうなずいてくれたのが、キャリアウーマン風に見える目のきれいな美人だった。

<余談2> 馬車行列の最後に軽トラックが追随している。 おばさん「あんなものないと良いのにね」。 私「馬がいるから掃除が必要なのですよ」 おばさん「ああ、なるほどね」 

ケネディ ジョン・F・ケネディと長女キャロライン

アメリカでのキャロライン・ケネディは、共和国にはいないはずの「プリンセス」のような存在だという。
高貴な雰囲気は外交にとって重要な要素である。どこかの国の元大統領の娘の大統領とは品格が違う。


皇居参観 1

皇居参観 1

皇居参観 宮内庁

「皇居参観」手続き

昨日(11月6日)、「皇居参観の手続き」のため宮内庁へ行った。
東京で中学校の同期会をやることにしているが、どうせなら「東京の真ん中」でということで東京駅近くのホテルを会場に選んだ。歩いて「皇居を参観」することになり、その手続きに行った訳である。手続きは「インターネット」でも「郵送」でも行えるが、敢えて「来庁して行う場合」を選び体験・体感することにした。


坂下門の受付で、30代の女性に続き、50歳前後の女性3人組が手続き中であった。
彼女らが大分手間どり、そのあと受付書を書いたり、事前の電話申し込み(10月1日付け)の確認などしてから、「宮内庁管理部管理課参観係窓口」に行く。途中「30代女性」とすれ違ったから、手続きは簡単なものらしい。


3人組が「桂離宮参観」の受付中であったが、同行者の住所を携帯で確認したりで準備がよくないようだ。事前に準備することになっている「参観者名簿」を窓口で作るつもりらしい。こういうのんびりした「日本人ばなれした日本人」がいるのは望ましい微笑ましい光景かもしれない。窓口が込んではいなかったから。

私には、おそらく係長であろう方が対応してくれた。持参したのは「印刷した参観者名簿2部」と「DVD(EXCELLの名簿)」。DVDはパソコンにコピーをとり返してくれた。簡単に終了し「皇居参観許可書」をもらって帰ってきたが、3人組はまだ電話を掛けたり賑やであった。

皇居参観 二の丸公園の薄(ススキ)    二の丸公園の自然林は昭和天皇の考えで作られた

この日は最高の天気であった。空はあくまで晴れわたり、気温は高からず低からず、湿度は低い。
どこかへ回って帰ろうとは思っていたが、ついついそばの「皇居東御苑」に足が向く。桔梗門を過ぎると間もなく歩道路面に「山形県花 紅花」がデザインされている。「福島県花」は大手門の入り口方面への曲がり角ちかくにある。皇居を一周する歩道の路面には全都道府県の「都道府県花」が刻まれている。

「二の丸公園」から歩くことにする。自然林に秋の気配はあるが、楽しみはこれからである。


皇居参観 本丸公園の 「十月桜」                                      「冬桜」

「二の丸公園」から「汐見坂」を登り「本丸公園」へ。
「十月桜」「冬桜」が開花していた。春の桜の賑わいはない。特に「冬桜」の花はまばらで寂しい。

皇居参観 「十月桜」の花

皇居参観  本丸公園   果樹古品種園(東) 

今上(天皇陛下)の、江戸城の跡に江戸時代の果樹を植え、入園者が楽しめるようにという考えから、古い品種の果樹園すなわち「果樹古品種園」が作られることになった。平成19年から20年にかけて植栽が行われた。果実はまだなようだが、実を結ぶのにもう数年も要しないであろう。



北桔橋門(きたはねばしもん)を出て、北の丸公園を通り、靖国神社に参拝し、靖国通り一口坂を降って、市ヶ谷まで歩いた。途中、科学技術館に寄り、特許関係の展示会を一巡した。遊びの世界で案件があるが、こういう場に遭遇したのは何かの因縁か。ひと汗かいてみようか?

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 辻 幸弥 (つじこうや)

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