野球ことはじめ 2

中馬庚  中馬庚

野球ことはじめ 

前節では “「野球」言始(やきゅうことはじめ)”、すなわち「野球」を初めて「野球」と言ったのは誰かを問題にした。

【事始(ことはじめ)】広辞苑
①新たに仕事に着手すること。太平記(6)「合戦の―なれば」
②「おことはじめ」に同じ。〈季;春〉〈季;冬〉

「はじめ」には「始め」も「初め」もあるが“初めて=新記録”の意味もある。そのようなことを書くカテゴリを「野球ことはじめ」としたい。私はどちらと言うと「サッカーファン」であるが、「ことはじめ」は分野によらず好きである。



ダルビッシュ有(Yu Darvish)

ダルビッシュの「完全試合未遂」は惜しかった。達成すれば日本人初の大リーグ完全試合であった。
「惜しい」ことは世の中にざらにあるが、

テキサス・レンジャース所属、対ヒューストン・アストロズ戦 14奪三振 あと一人。
大リーグの完全試合23人。あと一人は11人。三人に一人は「あと一人」ということか。

ダルビッシュ「最後のヒットが『お前にはまだ早い』『もっと努力しなさい』と言われてる気がしました。まだまだです。皆さんの応援が力になりました。応援ありがとうございました!」

言うや良し。立派な「ことはじめ」です。


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「野球」言始

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                             自費出版本「野球の名付け親は中馬庚」と著者故幸田昌三氏
                                     写真上をクリックすると文字が読みやすくなります

「野球」言始  <野球の名付け親は中馬庚> 

【問題】 明治時代 第一高等学校在籍中は 二塁手として活躍 
      英語の「ベースボール」を「野球」と訳したのは誰?


これは幸田高志さんという方のご焼香に伺う前夜2012年9月9日、日本テレビで見たクイズ番組の問題である。

正解は「中馬庚(ちゅうまかのえ)」
小説「坂の上の雲」で司馬遼太郎は「野球」の命名者を「正岡子規」としているが、
「二塁手として活躍」の文節より「正岡子規」は正解にしませんよという出題者の意図が見てとれる。

回答は、 開成高校  中馬庚    正解
       灘高校    正岡子規  不正解
超名門高校同志の決勝対決はこの問題の正解で開成高校に軍配が上がり高校チャンピオンに輝いた。


幸田さん姉弟が父の遺志を継ぎ「野球の名付け親は中馬庚」を自費出版しなかったらこの出題はなかったであろう。ご焼香に伺う前夜のことだったので何かしら深い縁を感じた。    

幸田高志さんのお父さん幸田昌三氏は徳島県出身で、
新聞記者であったが、戦後、故郷「川田町」の初代公選町長(二期目も)をやられた。

幸田昌三氏が「野球」の名付け親が「中馬庚」であることを裏付ける資料「第一高等学校校友会雑誌号外の例言」
を発見したのは、町長を退任され、長男である幸田高志さんと同居していたときのことだから、記者魂を持続していた賜(たまもの)だと思われる。

球界は直ちにこの業績を受け入れ「中馬庚」は野球殿堂入りした。<中馬庚生誕100年>1970年のことであった。一方、幸田高志さんによると「父の電話に立ち会ったが、司馬遼太郎は聞く耳を持たなかった」ということである。

後日、幸田高志さんのお姉さん小林洋子さんから開成高校に自費出版本「野球の名付け親は中馬庚」を送ったとの連絡があった。それに対し鄭重なお礼状が届いたと嬉しそうだった。 

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