プロローグ

一本松  陸前高田  2012.7.15
                      一本松  陸前高田  2012.7.15

原発事故、何ということをしでかしたものだ
唯一の原爆被爆国が何の反省もなく何と馬鹿なことをやったものだ
これは明らかに人災だ



原発事故難民が約10万人
国土の一部を失った
参戦・敗戦に次ぐ大失政・大過失・国辱である

真摯に謙虚に評価すれば原発事故を防ぐに十分な叡知の蓄積があった
日本書紀、三代実録、地域の記憶、吉村昭、それから大学の研究等々

利権と驕りと怠慢により、結論ありきで先人達の叡知を無視し、国家百年の計を誤った
利権は法に守られるからマフィアや暴力団より質(たち)が悪い犯罪と知るべきである
こんなにひどいことをしても犯罪者がいないのだ
 
敗戦では憲法を改めた
それに匹敵する国の改革が必要である
まず、利権にまみれ、驕り昂る官僚制度の破壊が必要である


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吉村昭 1の補遺


 「関東大震災」

 〈特記事項2〉 本所の被服廠跡の広い土地に4万人が逃げ込み、そこで3万8千人が亡くなった。大八車に家財を積んで逃げた人が多く、火災の熱で引火して燃える家財の山に挟まれて焼死した。また、その場所が熱上昇流の中心になり、周囲から熱風が吹き込んだが、人が宙に舞い上がるほど強烈であった。東京府の死者約7万人のうち3万8千人がこの場所で焼死した。
 
 江戸は火事が多かったが、奉行所は「おふれ」を出していた。大八車で荷物を持って外に出るものは召し取る。また大八車の持ち主も獄に投ずる。この江戸時代の教訓が生かされなかったのだ。

 燃えやすいのでリュックサックも危ない。何も持たないのが良い。良く食料を蓄えておけといいますが、逃げた人に聞くと、翌日の朝ちゃんと炊き出しのおかゆを食べている。


 〈筆者の意見〉 貯金通帳などの非常持ち出しは否定できない。飲料と防火を兼ねて水とセットにして持ち出す。家に食料を備蓄することは風呂に水を入れて置くのと同様重要である。住宅密集地都会と田舎では対応が異なると思われる。



吉村昭 1


 プロローグの詩の4、5行目
 
 真摯に謙虚に評価すれば原発事故を防ぐに十分な叡知の蓄積があった
 日本書紀、三代実録、地域の記憶、吉村昭、それから大学の研究等々


 日本の叡知として、作家吉村昭を他の4つと並列に書いた。吉村昭は被災地生存者の体験談を収集し、埋もれた資料を発掘することで、地域の記憶を掘り起こし、事実をそのまま淡々と書いた。

 吉村昭の地震・津波に関する著作は

 「三陸海岸大津波 (「海の壁」を改題) 1970年7月刊
1896年(明治29年) M(マグニチュード)8.2~8.5 死者行方不明;約2万2千人、
1933年(昭和8年)  M8.1 死者行方不明;3,064人
1960年(昭和35年)(チリ地震津波) M9.5 死者行方不明;  142人


 「関東大震災」 1973年8月刊
1923年(大正12年)9月1日11時58分  M7・9 
死者・行方不明計;10万5,385人 東京府;7万387人。
関東大震災は火災による大災害である。

 <特記事項> 火災(発火)の原因は、定説(俗説)では、昼食の準備をしている時間帯に大震災が起きたので七輪など炊事の火が発火原因とされる。しかし、調査によると工場、学校、薬品会社などの薬品の落下が主な原因であるという。調理の火が原因なのは天ぷら屋の1件のみらしい。
 

 つづく


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