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日本の現状

日本の現状 1
平成が間もなく終わるにあたり、日本の現状について述べたい。

経済
わたしは未だにアベノミクスに期待しているのだが、現状は満足すべき状態にはない。1の矢:金融政策、2の矢:財政政策、第3の矢、を含めアベノミクスを完全に実行すれば日本経済は回復すると信じている。
日本の政治家の経済音痴ぶりには困惑しているほどだから、政権が与野党誰に代わってもアベノミクス以上の経済政策を出せるとは思えない。ただし、自民党の一部に経済が分かる国会議員が出てきていることに期待はしている


財務省
は日本の「癌」である。エリートとは本来「国民の犠牲」となり、ときには国民のため命を張る存在なのだが。かつて王室を含めイギリス貴族は戦死割合が最も高かったという。日本のエリートは、自分等が一番偉いのだから、一番の報酬を得るのが当然とし、天下り先作りに余念がない。国税の徴税権と警察権に等しい査察権(国税局査察)は財務省から分離(剥奪)すべきである。財務省は、国会議員、企業(特に新聞、テレビなどメデイア)、評論家(特に意見を異にする経済評論家など)に睨みが効く存在なのだ。まさか、安倍首相の弱みを握っているとは思わないが、新聞もテレビも野党議員も財務省への批判を抑え、むしろ「ゴマを摺っている」。


アベノミクスの税収増分はPB(プライマリーバランス)黒字化に使われ、第2の矢:財政政策には使われていない。国土強靭化、防衛など喫緊の課題が放置され、おまけに日本の経済発展の足を引っ張っている。このままでは日本が「縮小」するだけである。

経営トップ
がだらしない。現在の経営者は創業・高度成長時の次の世代のサラリーマン経営者が多いためか決断力が弱く経営の安全運転しか出来ない。
一に、労働分配率を低く抑え、内部留保を蓄積するだけである。
二に、イノベーションが進まないどころか、日本発技術の実用化すなわち『技術革新』の足をさえ引っ張っている(東芝など)。
三に、政治家の中国訪問には、物欲しげに金魚のうん子のように追随する。老害の経営者にはつくづく「大丈夫か日本」と思う。

※シュンペーター:イノベーションとは経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合することと定義した。「技術革新」(「technical innovation」あるいは「technological innovation」)は新技術開発を伴い意味が違う。

         nihonkoku[1] (2)
         日本国:山形県と新潟県境の日本海に近い標高555mの山 山名とともに出羽三山
               開山の歴史・伝説にも関係するので登山者に人気がある

              改元にあたり、日本国のこの階段を一歩一歩着実に昇りたいものだ

グローバリズム
グローハリズムは全体主義である。
共産主義に代表される全体主義は経済の循環を阻害する効率的でないシステムである。
人口の1%が99%以上の資産を所有するというアメリカの富の偏りはグローバリズムを推進する。
グローバリズムは国境に関係なく、資本が国家間を支配する。現に産業を育成する国家の政策が海外資本の損失につながったとして、国家が巨大企業に損害賠償するというおかしなことが起こっている。


法人税を下げ消費税を上げるのは国家のグローバリズムに対する忖度である。
全体主義グローバリズムは経済運営上効率的でないことを喝破すれば、法人税を下げ消費税を上げる選択肢はあり得ない。

安倍政権は10月に消費税を8%から10%に上げるとしているが、経済対策としては間違っている。おまけに不況に入りそうな最近の国際経済情勢からも、二重に消費税を上げるべきではない。人に優しい瑞穂の国の経済運営をするには三重に消費税を上げるべきではない。
国政選挙を前に、消費税を上げない決断は安倍首相の専権事項として残っている。決断するだろう。
消費税を上げるために多方面の経済対策が立案されているが、それはそのまま実施すればよい。


竹中平蔵は日本のグローバリストの代表である。小泉政権に深くかかわり、今も安倍政権」に深く」かかわっている。
人材派遣会社を経営し、成功者だと自認している。経済評論家『三橋貴明氏』が批判したとき、「成功者に焼餅を焼くのか」と言ったという。
人材派遣法を強化し、日本に貧乏をばらまき経済の循環を妨げ日本のGDPを減らしたのは小泉政権の『竹中平蔵』である。名参謀「竹中半兵衛」ではないし、火付盗賊改方「鬼の平蔵」でもない。労働者の生き血を吸う『吸血鬼ドラキュラ伯爵』が相応しい。

日本は脱「グローバリズム」化し、人に優しい瑞穂の国の経済制度を確立すべきである。
達成の暁には人類の尊敬を集めるだろう。


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北朝鮮 核実験場閉鎖 現実編

北朝鮮 核実験場閉鎖 現実編
前章で、北朝鮮の核実験場閉鎖は茶番であると述べた。実施状況はさらに輪をかけた茶番であった。
    
       DSC08984 (2) NHK
                トランプ米大統領              金正恩朝鮮労働党委員長

5月24日、北朝鮮は核実験場閉鎖を実行した
映像では坑道の入り口が爆破され、噴煙が上がり、さらに地上の施設(バラック小屋にしか見えない)も吹き飛ばされ、破片が周囲に飛び散っている様子が映像として確認できる。

       DSC08970 (2) NHK
       しかし、それを確認した外国人は米、英、仏、中、韓の報道陣のみで、米軍とIAEA(国際原
       子力機関)の専門家の姿はない。この程度の爆破なら重機を用い復旧するに訳ないという
       ような感じである。まだ核爆弾の小型化実験が金正日の頭にはあるのだろうか?


       DSC08971 (2) NHK
       坑道の奥まで爆薬を仕掛け復旧はできないという説明であるが、信用できない

       DSC08974 (2) NHK
       IAEA(国際原子力機関)の専門家の「数週間で実験場を再開できる」という見解
       一連の爆破を検証する装置やサンプルの採取もできないという
       また、北朝鮮の放射線漏れゼロという発表はますます疑惑を呼ぶ


トランプ大統領が米朝首脳会談の中止発表
上記爆破実験のわずか2時間後、米トランプ大統領は米朝首脳会談中止を発表した。米軍、IAEA専門家の立ち入り・査察・検証なしに勝手に進めたことはこれから進める「核廃棄」の原則を無視したものであるというのがトランプ大統領の見方であり、廃棄の最初から、主たる交渉内容を無視した北朝鮮の態度を非難したものである。外交交渉の主導権は武力・戦力が圧倒的に強い米国側にあることを知らしめたのである。

       DSC08986 (2) NHK
          核実験場爆破→2時間後米朝首脳会談中止→翌日米朝首脳再会談の経過


トランプの朝令暮改  これは金正恩の「朝令暮改」である
金正恩はトランプの態度に震え上がった。二度にわたる中国訪問の成果を見誤ったと思われる。相手はオバマでなくトランプなのである。マッドマントランプ(私は必ずしもそうは思っていないが)が恐ろしいのである。首脳交渉再開のお願いをしたのは金正恩である。
ただし、だからと言って今後の交渉がトランプの想定通りには行かないだろうと思っている。トランプにとって重要なことは、対北朝鮮交渉のスタッフはそろったのであるから、スタッフの能力を活用し、その制止を聴き、暴走を抑え、硬軟自在に交渉して欲しい。トランプは危なっかしい、という意見が多いと思われるが、我がままな交渉人トランプは有能であることを信じたい。


日本、安倍晋三首相の立ち位置
安倍晋三首相嫌いの日本のマスコミは「日本は蚊帳の外」だという。これは嘘である。交渉はあくまで米朝であるが、トランプ大統領が最も信頼する相談相手は安倍首相である。その最たるものは「対北朝鮮経済制裁」であり、米朝首脳会談が行われるのはこの成果である。安倍晋三はトランプの参謀長と言っても差し支えないほどだ。朝日新聞はそれを知っているが、認めたくないだろう。屁でもない毎日新聞などやテレビ報道も右倣えである。
この問題における安倍首相の役割はこれからが本番である。6月12日の日朝首脳会談前に日米首脳会談が行われるニュースが流れている。モリカケより雲泥の差でこちらが重要である。野党よ!いい加減にしろ!福山哲郎の悪相ももう見たくない。あんたのストーリーはすでに破綻している。


夢の力 イルミネーション

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 氷川参道 北から南方面

夢の力 イルミネーション
我が家の裏庭と呼べるような直近で、長期間にわたり「夢の力 イルミネーション」なる行事の最中である。
氷川神社参道「平成広場」 ;6月17日〜10月15日 18:00〜21:00
平成広場は和風庭園風の佇まいでイルミネーションは似合わない感じもするが、それは昼の話、夜の散歩には涼しげで良いようだ。大分にぎわっている。
 
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 催しのテーマは、 汽車ポッポに乗ってどこへ行くのが貴方の夢ですか? 

最近、大宮「ブラタモリ」の舞台となり、その土地の悪口・皮肉をいうタモリを初めて見たが、タモリが「旧中山道」沿いより、「氷川参道」に行きたそうだったのは好感が持てた。参道は18丁(約2km)と日本一の長さがあり、大宮駅東口を直進し、参道との交差点を左折すれば「平成広場」である。

DSC07900.jpg
 階(きざはし) 1

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 階(きざはし) 2

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  トンネルを左から右へグルっとスキャン

渡部昇一

1204872413_main_l[1] (2) 追悼出版 月刊「WiLL」「歴史通」共通 


渡部昇一

渡部昇一氏(1930年(昭和5年)10月15日 - 2017年(平成29年)4月17日)が亡くなった。
「知の巨人」「碩学」「博覧強記」...と称される氏は私の郷里鶴岡の先輩で高校の先輩でもある。
専門は英語学史、文法史。二十歳代で英国に於いて出版した専門著書があり、高く評価されているという。
一方、読書、論評、著述の多様さは「碩学」「博覧強記」の名に相応しく、まさに「知の巨人」であった。

氏が終生大切にしたお姉さんの旦那さんは遠い親戚筋にあたる人で、ある年の夏、私が生まれ育った家の前庭の木陰で赤ん坊(氏の甥)を抱いたその人と兄貴たちが語り合っていたことを思い出す。岩手県岩泉へ仕事に行ったとき、地元の名士と呼ばれ黄綬褒章を受章したばかりの人に、私の今があるのはその人のおかげと、尊敬されていた立派なひとであった。また、そのひとに頼まれて渡部昇一氏に自家産のメロンを贈答品として送っていたことを父が話していたことも思い出す。

渡部昇一の著書を読むことで、読書の面白さを知り、知性的刺激を受け、好きだった歴史がますます好きになった。文章は簡潔で分かりやすく名文である。渡部昇一、藤沢周平、丸谷才一を我が高校の先輩の三名文家と思っている。

記憶に残る主な著書を示すと
『ドイツ参謀本部-その栄光と終焉』 中公新書、1974年 のち文庫祥伝社新書
『腐敗の時代』 文藝春秋、1975年 のちPHP文庫 第24回日本エッセイスト・クラブ賞受賞
『日本史から見た日本人 アイデンティティの日本史』正続 産業能率短期大学出版部 1973年-1977年 のち祥伝社黄金文庫
『日本語のこころ』 講談社現代新書 1974年 「渡部昇一の『日本語のこころ』」ワック
『知的生活の方法』 講談社現代新書、1976年 ISBN 4061158368
『英語教育大論争』 平泉渉と共著 文藝春秋、1975年 のち文庫
『漱石と漢詩』 英潮社出版、1974年
『萬犬虚に吠える』 文藝春秋、1985年 のちPHP文庫、徳間文庫 など
これら著書の特徴は、原書、一次資料によるオリジナリテイーに富むもので、他人に真似こそされ、真似事はない。


渡部昇一は論争を恐れない。
日本の戦後の論壇は東大以下著名大学がマルクス左翼思想に染まっていたこともあり、その弟子たちが大学、官僚、マスコミなどの世界を支配し、未だに左翼こそ良識という基準が日本を支配している。氏ほどの知性が国際的に開かれた教授陣を持つ「上智大学」を卒業したのは、日本の思想の多様性のために幸いだったと思う。氏はドイツ、イギリス、アメリカに留学し、教壇に立ち、外国から日本を観て、その視野で歴史観を醸成した。

特筆すべき論争相手は「朝日新聞」である。
朝日新聞は未だに「マルクス主義史観」に支配されているらしいが、氏の史観は左翼全体主義でも右翼全体主義でもない。
東西の万巻の書を読み培われたものである。

「朝日新聞」の森に埋没し迷っているひとは、この際、氏の著書を読むことをお勧めする。
森の中の高台に昇り、遥か彼方まで見通すための指標となるであろう。


地震と自助努力   「熊本地震」と「庄内地震」

p06_yamagata[1] (2) 1894 M7.0 : 庄内地震の震源地

地震と自助努力   「熊本地震」と「庄内地震」
 「熊本地震」の報道を見て連想し思い出したのが「庄内地震」である。

1995年(平成7年) 1月17日 阪神大震災(兵庫県南部地震、阪神・淡路大震災)
2004年(平成16年) 10月23日 新潟県中越大震災(新潟県中越地震)
2008年(平成20年) 6月14日 岩手・宮城内陸地震 (4,022ガルはギネス世界記録。山が崩壊
2011年(平成23年) 3月11日 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震) 福島第一原発事故
などを経験して、被災者への援助、自衛隊や各県からの応援部隊の派遣など日本の対応は迅速になったと実感している。現在、自衛隊26,000人、警察、消防その他を含め合計3万人の救助隊を派遣、しかし、食料、水などの供給は、不十分であるとメディアは報じている。これも,余震が治まれば、道路網、水道の回復により早期に改善されるであろう。

では、なぜ「庄内地震」を連想したのだろうか?
○出身地のことだから「庄内地震」について多少知識を持っている。
日清戦争 時の地震で、平和で豊かな現在の日本に比べると、国家の援助、国内他地方からの援助は期待できない状況にあった。事実被災地では、「援助は要らない。我々は自助努力でこの難関を克服する」 とした。
○「庄内地震」は酒田市中心の直下、「熊本地震」も震源が浅い内陸直下型地震で余震が多く、家屋の倒壊率が高いことなどが共通している。

image[1] 庄内地震の液状化の写真
 酒田、黒森、浜中などは砂丘地または砂地の地域で液状化現象が起こりやすい。
 東日本大震災でも湯浜~酒田間砂丘縦貫道路沿いに液状化による池・水溜りが散見された。


庄内地震について
庄内地震は、 1894年(明治27年)10月22日17時35分35秒、山形県庄内平野北部酒田市の中心部を震源として発生したMn 7.0 の内陸直下型地震である。日清戦争は、1894年(明治27年)7月から1895年(明治28年)3月。開戦3カ月、終戦まで5カ月の時点であった。北国庄内(海坂藩)は厳しい冬に向かう季節であった。

震源は極浅く、最大震度は烈震を記録している。余震も数多く発生した。震源は現在の山形県酒田市の中心部であり、庄内平野東縁断層帯で発生したと推定されている。最大震度は当時の震度階級(微震、弱震、強震、烈震の4段階)で最大の烈震である。地震の規模はM7.3、最大震度は現在の7相当と言われる。

地震の発生が日本において本格的に地震観測を始める直前であったということもあり、正確な記録に乏しく、震源についても正確な位置の特定はできていない。


被害
庄内平野、特に酒田を中心に局地集中的な大きな被害を出した。家屋損壊は本荘や山形まで及び、酒田では大火災が発生し総戸数の8割が焼失した(酒田地震大火)。
死者:726人
負傷者:8,403人
全壊家屋:3,858戸(山形県内)
半壊家屋:2,397戸(山形県内)
焼失家屋:2,148戸(山形県内)
破損家屋:7,863戸(山形県内)

庄内平野全域において地盤の亀裂や陥没、噴水・噴砂が多く発生した。例えば、袖浦村黒森(現・酒田市黒森)の砂丘では幅1町(約110m)に渡り深さ30尺(約10m)も沈下し、袖浦村浜中(現・酒田市浜中)では高さ1丈(約3m)の小山が出現した。

この地震によって当時は木造建築が大半であった家屋の破損が相次ぎ、木造建築の耐震性を改めて問うきっかけになった。このことにより、濃尾地震(1891年10月28日)を契機に設置された震災予防調査会が木造建築改良仕様書を発表した。

再来周期 歴史資料が乏しいが、前回の発生は850年頃と考えられ再来周期は約1000年。



意見
熊本地震に最大級の支援をすべきである。
アベノミクス公共投資に「ケチクサイ」という間違いを犯している。思い切った財政出動をせよ。

ニュースを見ていると、支援物資は届いているのに、状況が把握できないため被災者まで届かないというじれったさを感ずる。情報の迅速な共有が望ましい。被災者が食料を持ち寄り、炊き出しを行っている自助努力も見られ心強い報道もあった。

※意見は取り敢えずここまで

プロフィール

 辻 幸弥 (つじこうや)

Author: 辻 幸弥 (つじこうや)
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